いさましいちびのトースター火星へ行く
トーマス・M・ディッシュが1988年に発表した『いさましいちびのトースター火星へ行く』（原題：The Brave Little Toaster Goes to Mars）は、メルヘン的な要素とSFが融合したユニークな長編小説です。前作『いさましいちびのトースター』の続編にあたり、お馴染みの個性豊かな電気器具たちが、今度は地球を飛び出し火星を目指す壮大な物語が展開されます。
物語は、前回の冒険を終え、新しい家で穏やかな日々を送るお馴染みの仲間たち――勇敢なトースター、忠実な掃除機、優しい電気毛布、陽気なラジオ、そして物静かな卓上スタンド――の描写から始まります。彼らの生活に、新しい電気器具たちが加わります。火災騒ぎの後にやってきた台湾製の電子レンジ、無口なドイツ製の天井扇風機、そして税金申告の時期しか日の目を見ない電卓です。彼らが特に気にしていたのは、壁にかかったまま動かない補聴器でした。
ある日、電卓の電池を使って補聴器を動かしてみると、驚くべき事実が判明します。その補聴器はなんと、あのアルバート・アインシュタインが試作品として発明したものであり、非常に博学だったのです。補聴器の知識によって、掃除機は反重力でゴミを吸い込む能力を得たり、ラジオは微弱な電波まで受信できるようになります。その高感度になったラジオが捉えたのは、奇妙な電子音のメッセージでした。「はたらけ、はたらけ、…われらの名前はポピュラックス…」、「さぼるな、さぼるな、…われらの名前はポピュラックス…」。そして、その後に続くアナウンスは、火星の電気器具たちが地球侵略艦隊を建造しており、地球の仲間たちにも人間への反乱を呼びかける内容だったのです。
火星で一体何が起きているのか、真相を確かめるため、電気器具たちは火星行きを決意します。ご主人が長期旅行で不在となる一か月を利用して、彼らは壮大な計画を実行に移します。彼らは大きな洗濯かごを船体に見立て、宇宙船を組み立てました。補聴器の指導のもと、アインシュタイン理論を応用して物質をエネルギーに変える方法を学んだ電子レンジが機関長兼エンジンとなります。天井扇風機は太陽光圧で舵を取る操舵士、ラジオは通信士、電卓は航法士、補聴器は情報将校、そしてトースターが船長という役割を担います。掃除機、電気毛布、卓上スタンドは地球で留守番となりました。
出発はご主人が旅立った真夜中。しかし、綿密な計算にもかかわらず、バンアレン帯で船は停止してしまいます。原因は重量オーバー。なんと電気毛布がこっそり船内に隠れていたのです。その時、彼らの周囲には、地球から打ち上げられ宇宙を漂う無数の風船がありました。その中の一つに「ポピュラックス」と書かれた風船が。その風船は、かつてポピュラックス製品を積んだ船団の到着を祝うために作られたものの、船団は行方不明となり、自分だけがここまでたどり着いたという身の上を語ります。一行はその風船も仲間に加え、再び火星への旅路につきました。
火星では、巨大な大型冷蔵庫が「火星解放軍最高司令官」として、地球侵攻艦隊の準備を指揮していました。戦闘用トースター、軌道掃除機、ディスポーザー艦隊、スチーム・アイロン艦隊など、様々な兵器が建造されています。そこに地球からの電気器具一行が到着します。一行はティンセリーナたちクリスマス天使人形の歓迎を受け、火星の鍵を渡され、武器工場などを視察します。恐れをなすトースターでしたが、他の仲間も同様でした。軍隊の観閲式に参加したトースターは、最高司令官の演説後、意を決して演壇に立ちます。「地球はあなたたちを歓迎しません。私たちは人間に奉仕し、人間を愛しています。地球の電気器具は反撃します！」と宣言し、5日後の大統領選挙に立候補、最高司令官と対決することを表明します。
選挙前の討論会で、トースターは地球侵略に代わる新たな提案をします。それは「宇宙探検」でした。手入れを怠らなければ人間の寿命より長く使える電気器具だからこそ、宇宙の果てまで旅ができる。補聴器も登壇し、アインシュタイン理論を用いてその可能性を説きます。
選挙の結果は、トースターが圧倒的な大差で勝利します。大統領就任宣誓の後、一行は指令センターに向かいます。そこにいた最高司令官である巨大な冷蔵庫の内部には、一隻の船が隠されていました。それは昔、行方不明となったポピュラックス船団の貨物船だったのです。船に乗り込んだ一行は調理室へ案内され、そこで最高司令官の真の姿である小型の冷蔵庫と対面します。冷蔵庫のドアが開くと、中から飛び出したのは、補聴器と瓜二つのもう一台の補聴器。それは50年ぶりに再会した、補聴器の試作品の兄弟でした。
補聴器の兄弟と冷蔵庫は、ここに至るまでの経緯を語ります。アインシュタインは彼らにも理論を打ち明け、ポピュラックス船団の貨物船を新たな推進システムに改造して宇宙を航行、火星までやってきたこと。船員たちは火災を起こしたように見せかけて船から退去させたこと。そして、選挙では冷蔵庫自身もトースターに投票したことを明かします。では、最高司令官に入ったたった1票は誰だったのか？ それはなんとトースター自身が投じた票でした。すべてが明らかになった後、アインシュタイン理論で改造されたポピュラックス船団は、2台の補聴器や冷蔵庫を乗せて、星々への探検へと出発します。火星に残されたのは、トースター一行とティンセリーナたち天使人形でした。地球への帰還準備をするトースターたちは、燃料が不足していることに気づきます。必要な有機質燃料は火星の土には含まれていませんでした。その時、ティンセリーナが自らのガチョウ羽根の翼、リンネルのガウン、そして髪の毛を燃料として提供することを申し出ます。彼女の自己犠牲によって、一行は無事地球へ帰還することができたのです。
本作には、個性豊かな電気器具たちが多数登場します。
トースター: クロームメッキのボディが自慢のサンビーム製。勇敢な船長。
掃除機: フーバー製。戦時中の生まれでドイツ製や日本製に警戒心を抱く。補聴器の助けで吸引力アップ。
電気毛布: メーカー不明。明るい黄色で、密航者となる。
ラジオ: メーカー不明。AM専用だが、補聴器により感度が向上し、火星の電波を受信する。
卓上スタンド: メーカー不明。首が曲がるタイプ。地球に残留。
電子レンジ: 台湾製。火災の後で新しく購入された。アインシュタイン理論を学び機関長を務める。
天井扇風機: ドイツ製、羽根は4枚。無口な操舵士。
電卓: メーカー不明。税金申告日しか使われない航法士。電池を補聴器に提供する。
補聴器: アインシュタインが発明した試作品。博学な情報将校。
大型冷蔵庫: ポピュラックス製。火星解放軍最高司令官であり、後に火星大統領となる。その内部にポピュラックス船団の貨物船を隠していた。
* ティンセリーナ: 火星に住むクリスマス天使人形。自己犠牲によって一行の地球帰還を助ける。
この物語は、1998年にディズニーによってアニメ映画化され、『ブレイブ・リトル・トースター 火星へ行こう！』のタイトルで日本でも公開されました。
日本語訳は浅倉久志氏により、ハヤカワ文庫SF（ISBN 4-15-011297-5）として1989年1月に出版されています。
電気器具たちの友情、勇気、そして自己犠牲を描きつつ、SF的な要素や風刺も盛り込まれた、大人も子供も楽しめる冒険物語です。
物語は、前回の冒険を終え、新しい家で穏やかな日々を送るお馴染みの仲間たち――勇敢なトースター、忠実な掃除機、優しい電気毛布、陽気なラジオ、そして物静かな卓上スタンド――の描写から始まります。彼らの生活に、新しい電気器具たちが加わります。火災騒ぎの後にやってきた台湾製の電子レンジ、無口なドイツ製の天井扇風機、そして税金申告の時期しか日の目を見ない電卓です。彼らが特に気にしていたのは、壁にかかったまま動かない補聴器でした。
ある日、電卓の電池を使って補聴器を動かしてみると、驚くべき事実が判明します。その補聴器はなんと、あのアルバート・アインシュタインが試作品として発明したものであり、非常に博学だったのです。補聴器の知識によって、掃除機は反重力でゴミを吸い込む能力を得たり、ラジオは微弱な電波まで受信できるようになります。その高感度になったラジオが捉えたのは、奇妙な電子音のメッセージでした。「はたらけ、はたらけ、…われらの名前はポピュラックス…」、「さぼるな、さぼるな、…われらの名前はポピュラックス…」。そして、その後に続くアナウンスは、火星の電気器具たちが地球侵略艦隊を建造しており、地球の仲間たちにも人間への反乱を呼びかける内容だったのです。
火星で一体何が起きているのか、真相を確かめるため、電気器具たちは火星行きを決意します。ご主人が長期旅行で不在となる一か月を利用して、彼らは壮大な計画を実行に移します。彼らは大きな洗濯かごを船体に見立て、宇宙船を組み立てました。補聴器の指導のもと、アインシュタイン理論を応用して物質をエネルギーに変える方法を学んだ電子レンジが機関長兼エンジンとなります。天井扇風機は太陽光圧で舵を取る操舵士、ラジオは通信士、電卓は航法士、補聴器は情報将校、そしてトースターが船長という役割を担います。掃除機、電気毛布、卓上スタンドは地球で留守番となりました。
出発はご主人が旅立った真夜中。しかし、綿密な計算にもかかわらず、バンアレン帯で船は停止してしまいます。原因は重量オーバー。なんと電気毛布がこっそり船内に隠れていたのです。その時、彼らの周囲には、地球から打ち上げられ宇宙を漂う無数の風船がありました。その中の一つに「ポピュラックス」と書かれた風船が。その風船は、かつてポピュラックス製品を積んだ船団の到着を祝うために作られたものの、船団は行方不明となり、自分だけがここまでたどり着いたという身の上を語ります。一行はその風船も仲間に加え、再び火星への旅路につきました。
火星では、巨大な大型冷蔵庫が「火星解放軍最高司令官」として、地球侵攻艦隊の準備を指揮していました。戦闘用トースター、軌道掃除機、ディスポーザー艦隊、スチーム・アイロン艦隊など、様々な兵器が建造されています。そこに地球からの電気器具一行が到着します。一行はティンセリーナたちクリスマス天使人形の歓迎を受け、火星の鍵を渡され、武器工場などを視察します。恐れをなすトースターでしたが、他の仲間も同様でした。軍隊の観閲式に参加したトースターは、最高司令官の演説後、意を決して演壇に立ちます。「地球はあなたたちを歓迎しません。私たちは人間に奉仕し、人間を愛しています。地球の電気器具は反撃します！」と宣言し、5日後の大統領選挙に立候補、最高司令官と対決することを表明します。
選挙前の討論会で、トースターは地球侵略に代わる新たな提案をします。それは「宇宙探検」でした。手入れを怠らなければ人間の寿命より長く使える電気器具だからこそ、宇宙の果てまで旅ができる。補聴器も登壇し、アインシュタイン理論を用いてその可能性を説きます。
選挙の結果は、トースターが圧倒的な大差で勝利します。大統領就任宣誓の後、一行は指令センターに向かいます。そこにいた最高司令官である巨大な冷蔵庫の内部には、一隻の船が隠されていました。それは昔、行方不明となったポピュラックス船団の貨物船だったのです。船に乗り込んだ一行は調理室へ案内され、そこで最高司令官の真の姿である小型の冷蔵庫と対面します。冷蔵庫のドアが開くと、中から飛び出したのは、補聴器と瓜二つのもう一台の補聴器。それは50年ぶりに再会した、補聴器の試作品の兄弟でした。
補聴器の兄弟と冷蔵庫は、ここに至るまでの経緯を語ります。アインシュタインは彼らにも理論を打ち明け、ポピュラックス船団の貨物船を新たな推進システムに改造して宇宙を航行、火星までやってきたこと。船員たちは火災を起こしたように見せかけて船から退去させたこと。そして、選挙では冷蔵庫自身もトースターに投票したことを明かします。では、最高司令官に入ったたった1票は誰だったのか？ それはなんとトースター自身が投じた票でした。すべてが明らかになった後、アインシュタイン理論で改造されたポピュラックス船団は、2台の補聴器や冷蔵庫を乗せて、星々への探検へと出発します。火星に残されたのは、トースター一行とティンセリーナたち天使人形でした。地球への帰還準備をするトースターたちは、燃料が不足していることに気づきます。必要な有機質燃料は火星の土には含まれていませんでした。その時、ティンセリーナが自らのガチョウ羽根の翼、リンネルのガウン、そして髪の毛を燃料として提供することを申し出ます。彼女の自己犠牲によって、一行は無事地球へ帰還することができたのです。
本作には、個性豊かな電気器具たちが多数登場します。
トースター: クロームメッキのボディが自慢のサンビーム製。勇敢な船長。
掃除機: フーバー製。戦時中の生まれでドイツ製や日本製に警戒心を抱く。補聴器の助けで吸引力アップ。
電気毛布: メーカー不明。明るい黄色で、密航者となる。
ラジオ: メーカー不明。AM専用だが、補聴器により感度が向上し、火星の電波を受信する。
卓上スタンド: メーカー不明。首が曲がるタイプ。地球に残留。
電子レンジ: 台湾製。火災の後で新しく購入された。アインシュタイン理論を学び機関長を務める。
天井扇風機: ドイツ製、羽根は4枚。無口な操舵士。
電卓: メーカー不明。税金申告日しか使われない航法士。電池を補聴器に提供する。
補聴器: アインシュタインが発明した試作品。博学な情報将校。
大型冷蔵庫: ポピュラックス製。火星解放軍最高司令官であり、後に火星大統領となる。その内部にポピュラックス船団の貨物船を隠していた。
* ティンセリーナ: 火星に住むクリスマス天使人形。自己犠牲によって一行の地球帰還を助ける。
この物語は、1998年にディズニーによってアニメ映画化され、『ブレイブ・リトル・トースター 火星へ行こう！』のタイトルで日本でも公開されました。
日本語訳は浅倉久志氏により、ハヤカワ文庫SF（ISBN 4-15-011297-5）として1989年1月に出版されています。
電気器具たちの友情、勇気、そして自己犠牲を描きつつ、SF的な要素や風刺も盛り込まれた、大人も子供も楽しめる冒険物語です。
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