うつし絵 (岡林信康のアルバム)

1975年7月25日にリリースされた『うつし絵』は、フォーク界のカリスマとして知られた岡林信康が、日本コロムビアへ移籍後初めて発表した記念碑的なスタジオアルバムです。本作は、それまでのフォークやロックといった音楽性から一転し、演歌という全く新しいジャンルへの挑戦を試みた作品であり、彼のキャリアにおける大きな転換点となりました。

このアルバムが生まれるきっかけは、意外なところにありました。前作『誰ぞこの子に愛の手を』の取材のため京都から上京し、友人の黒田征太郎氏宅に滞在していた1974年秋、テレビで西川峰子氏が歌う『あなたにあげる』を目にしたことでした。当初はさほど印象に残らなかったその楽曲が、次第に岡林氏の耳から離れなくなり、強烈に意識するようになります。

この体験を機に、彼は演歌というジャンルへの深い探求を開始します。美空ひばり、三橋美智也、春日八郎といった往年の名歌手たちのレコードを多数入手し、貪るように聴き込む日々が続きました。その中で、『越後獅子の唄』を繰り返し聴くうちに自然と生まれた楽曲が「月の夜汽車」でした。この曲の完成が、アルバム制作へと向かう決定的な一歩となります。

約10曲のデモ音源が完成した時点で、アルバム制作の運びとなりますが、その過程でレーベル移籍という大きな出来事がありました。当時所属していたCBS・ソニーからは、演歌制作の体制があるとして引き留めがあり、また盟友である松本隆氏からも演歌のプロデュースに意欲を示す声が上がりました。しかし、演歌の殿堂とも言える日本コロムビアには、圧倒的に多くの専門スタッフがいること、そして何よりも演歌界の至宝である美空ひばり氏が在籍していることに魅力を感じ、岡林氏は最終的に日本コロムビアへの移籍を決断します。皮肉にも、移籍の契機となった「月の夜汽車」は、後に美空ひばり氏自身によって歌唱されることになります。

『うつし絵』には、この「月の夜汽車」をはじめ、演歌テイストを取り入れた全11曲が収録されています。収録曲の多くは岡林信康氏自身が作詞・作曲を手がけていますが、「青い月夜の散歩道」は小杉仁三氏との共作です。発売から約1ヶ月後には「青い月夜の散歩道」がリカットシングルとしてリリースされ、また「橋〜“実録”仁義なき寄合い」は後にシングル「わかれ雨」のカップリングとしてシングルカットされました。さらに、「風の流れに」も美空ひばり氏によって歌われ、本作から複数の楽曲が他のアーティスト、特に美空ひばり氏によって歌われたことは特筆すべき点です。

2008年にリリースされた紙ジャケット仕様の再発盤には、ボーナストラックとしてシングル「わかれ雨」とそのカップリング曲「「うつし絵」へのひとり言」が追加収録されています。

本作のレコーディングには、岡林信康氏（唄、ギター）のほか、ギターに木村好夫氏、伴奏にコロムビア・スタジオ・オーケストラが参加しています。スタッフとしては、K2氏が企画、中村一好氏が制作、川仁忍氏が写真撮影、池田伊佐男氏が録音、黒田征太郎氏がイラストレーションを担当しました。

『うつし絵』は、フォークのカリスマが「演歌」という深淵に挑み、新たな表現を獲得した意欲作であり、後の「エンヤトット」路線へと繋がる重要な布石となった作品と言えるでしょう。

収録曲

Side A
1. 月の夜汽車 (4:17)
2. かえり道 (4:22)
3. 青い月夜の散歩道 (3:12)
4. 影と二人 (3:08)
5. 夜風のブルース (3:51)
6. 雨上りの丘 (4:02)

Side B
1. 村日記 (2:56)
2. 橋〜“実録”仁義なき寄合い (4:34)
3. 春を運ぶな雪の海 (4:53)
4. 春の裾 (4:13)
5. 風の流れに (4:56)

* ボーナス・トラック (2008年紙ジャケット盤)
1. わかれ雨 (4:41)
2. 「うつし絵」へのひとり言 (5:46)

※全作詞・作曲：岡林信康（特記除く）

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