うんつく酒

上方落語の演目である「うんつく酒」は、旅をテーマにした道中噺『伊勢参宮神乃賑』の一部をなす一席です。その源流は古く、安永5年（1776年）に出版された笑話集「鳥の町」に収められた一編『金物見世』にあるとされています。この噺は上方だけでなく、関東でも「長者番付」という異なる演題で親しまれており、古くは橘ノ円都や六代目笑福亭松鶴といった名手たちによって演じ継がれてきました。

あらすじ

物語は、お馴染みの旅人コンビ、喜六と清八が伊勢参りの途上にある場面から始まります。前夜の安酒で二日酔いになってしまった喜六のため、清八は偶然見つけた造り酒屋で一休みすることにします。早速、店の主人に酒を注文する二人でしたが、主人は造り酒屋としての矜持からか、「一杯や二杯といった少量の酒は売れない」と無下に断ります。さらに主人は「馬に何荷、船に何艘」と自身の商売の規模を誇示し始めます。これにはさすがの清八も我慢の限界に達し、「この大馬鹿者め！こんな酒屋など大坂にはいくらでもあるわい！」と散々に罵倒し、辟易とする喜六を連れて店を後にします。激怒した主人は、隣の部屋に薪割り用の斧を持たせた若い者たちを待機させ、番頭に二人を連れ戻すよう命じます。そんな裏事情を知る由もない喜六と清八は、番頭の甘言に乗せられて再び店へと戻ってきてしまいます。

先ほどとは打って変わって優しくなった主人は、二人に心づくしの酒を振る舞います。何も知らずに酒を堪能していた二人でしたが、主人が不気味に「これはお前たちの最期の酒だ」と告げた時、時すでに遅し。待ち構えていた若い者たちがどっと部屋になだれ込み、二人を幾重にも取り囲んでしまいます。予想外の事態に喜六は恐怖で身がすくんでしまいますが、清八は動じることなく立ち向かいます。清八は主人に向かって言い放ちます。「お前の後ろにあるものは何か？それは長者番付か？大坂ではああいうのを『うんつく番付』と呼ぶんだ！」と。そして、あたかも真実であるかのようなインチキな由緒話を語り始めます。例えば三井家は、初代は元々貧しい巡礼だったが、ある時偶然泊まった化け物屋敷で、化け物の正体である金銀財宝を手に入れたことで一大財閥を築いたのだ、と。「お前のことも、こんな山奥で立派な造り酒屋をやっているのだから、『運がつく』人間だと言ったんだよ」と清八は続けます。清八の突拍子もない、しかし妙に説得力のある詭弁を、主人はすっかり真に受けてしまいます。まんまと騙された主人は、迷惑をかけたと平謝りし、お詫びにと酒がたっぷり入った瓢箪を二人に手渡します。どうにか難を逃れた二人は店を脱出します。「よくもまあ、あんな出まかせが言えたものだ」と感心する喜六に、清八は「ああ、寄席で噺家から聞いた話さ」と涼しい顔で答えます。すると、後方から酒屋の主人が追いかけてくるではありませんか。「あんたたちも、頑張って働いて『うんつく』にならなくちゃいけないよ」と声をかけられた清八は、酔っていたせいか思わず「私は『うんつく』は嫌いだ！」と叫んでしまいます。これを聞いた主人は呆れた様子で「ああ、これだから貧乏人は困るんだ」と呟くのでした。

概要と笑いどころ

この噺の題名にも含まれる「うんつく」とは、関西地方の方言で「馬鹿」「間抜け」といった意味合いで使われる言葉です。原話とされる江戸時代の『金物見世』では、この罵倒語が「唐変木（とうへんぼく）」に置き換えられています。この噺の大きな笑いのポイントは、清八の荒唐無稽な詭弁によって主人が見事に丸め込まれてしまう場面にあります。特に、自分の息子や孫のことを清八に「雌うんつく」「子うんつく」と侮辱されているにもかかわらず、それを「運がつく」という吉兆だと勘違いして大喜びする主人の滑稽な姿は、聴衆の笑いを誘います。

バリエーション

演じる噺家によっては、清八がインチキな三井家の由来話を語る前に、さらに別の嘘の由緒話を加える演出が見られます。これは、酒屋の主人に向かって「酒屋のくせにこんなことも知らんのか」と問いかけ、鴻池家と清酒の誕生にまつわる作り話をするものです。首になった手代の嫌がらせが、図らずも清酒の発明に繋がったというこのエピソードは、後にテレビ番組「ビートたけしの!こんなはずでは!!」でも紹介されたことがあります。

（文字数調整のため、一部記述を省略しています。）

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