伊勢参宮神乃賑

上方落語の豊富な演目の中でも、特に旅を題材とした噺は「旅ネタ」と呼ばれ、親しまれています。その代表格の一つが『伊勢参宮神乃賑』（いせさんぐうかみのにぎわい）です。この噺は通称『東の旅』（ひがしのたび）として広く知られ、『伊勢参宮神之賑』と表記されることもあります。

この一連の物語は、上方落語を代表するキャラクターである喜六と清八の二人組が、彼らの住む大坂を出発し、伊勢神宮への参詣を目指す道中、そして無事に参拝を終えて大坂へと帰る道のりを描いています。一つの長い旅の物語として繋がっているものの、実際には個々の場面が独立した落語の演目として多数存在しており、これらが連なることで『東の旅』という大きな枠組みを構成しています。

物語は一般的に、大坂から奈良を経由して伊勢へと向かう旅の始まりから展開します。『発端』に始まり、『奈良名所』、『野辺』、『煮売屋』、『七度狐』、『うんつく酒』など、数々の珍道中を経て伊勢神宮に到着します。伊勢では『間の山お杉お玉』や『宮巡り』といった噺が演じられ、参拝の様子や伊勢での出来事が描かれます。参拝後は近江や京都を巡り、大坂へと戻る帰路が語られます。『軽石屁』、『これこれ博打』、『矢橋船』、『宿屋町』、『こぶ弁慶』、『走り餅』、『京名所』、『三十石夢乃通路』などが帰路に関連する演目として知られています。また、『野辺』から派生し、『法会』や『軽業』といった演目に繋がる、別の旅の道程を描いた噺も存在します。

これらの噺のほとんどは、喜六と清八の二人が主人公となって展開しますが、中には『軽業講釈』や『こぶ弁慶』、あるいは彼らが巻き込まれる形で登場する『地獄八景亡者戯』のように、主要な語り手や主人公が異なる噺も含まれています。これらは『東の旅』本編に接続される形でありながらも、「外伝」的な位置づけとされることがあります。

『東の旅』は、上方落語界において特別な意味を持つ演目群です。元々は、新しく落語家になった前座が基礎訓練のために覚える噺として位置づけられていました。高座では、張扇と小拍子を効果的に用いて、旅の賑やかさや情景を表現しながら語られます。特に、三代目桂米朝師匠の一門では、入門するとまずこの『東の旅』の冒頭部分である『発端』を習得するのが習わしとされています。この習慣は広く上方落語界に浸透しており、多くの落語家が自身の初めての高座（初高座）で『発端』を演じることでも知られています。

この噺に描かれる旅は、実際に多くの人々が体験した伊勢参りの道のりを反映しています。そのため、作中の旅をより深く理解しようと、実際に大坂から伊勢まで歩いて旅を再現した落語家もいます。六代目桂文枝師匠は、1967年に入門して間もない頃に五日間かけてこの徒歩の旅を実行し、弟子の桂三輝さんも2011年に同様の試みを行っています。このように、『東の旅』は単なる演目としてだけでなく、上方落語家の修業や文化とも深く結びついた、非常に重要な作品群と言えます。

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