おじろくおばさ

おじろく・おばさ（おじろく・おばさ）

長野県下伊那郡南部、伊那谷と呼ばれる地域に近代まで存在した独特の社会慣習に「おじろく・おばさ」がある。これは農家の次男以下の男子や一部の女子に対し、生涯にわたり分家や結婚を認めず、生家における無償の労働力として留め置く制度だった。男性は「おじろく」と呼ばれ、「おじサ」「おじンボ」「おじ」「おじぼうず」といった別称も存在した。女性は「おばさ」は結婚により家を出る場合もあったため、おじろくの方が多かったとされる。彼らは家にとって都合の良い働き手であることから、時に「福の神」と称されることもあった。

この慣習は、秋葉街道や伊那街道といった主要な往来路から外れた、現在の飯田市、阿南町、天龍村、下條村、売木村、泰阜村といった山間部の閉鎖的な集落群に限られて見られた。人々の往来が活発な地域には存在しなかったことから、外部との交流が少なく、閉鎖的な社会環境が影響したと考えられる。この地域の一部には、特定の家が他の家を支配する御館・被官制度が存在した歴史があり、生産手段が乏しい中で独立して生計を立てることが難しかったことが指摘されている。また、分家を「田分け（たわけ）」と称し、家全体の衰退につながると忌避する風潮があり、たとえ分家が許されても十分な田畑が分け与えられないなど、新たな家族を持つこと自体が困難な社会構造が存在していた。

おじろく・おばさは、家の当主のもとで働き、衣食住は提供されたが、労働に対する金銭は支払われなかった。納屋などに一室を与えられることもあった。正式な結婚は認められず、家庭内での立場も低かったとされる。しかし、盆踊りなどの祭りを通じておじろく・おばさ同士が性的な関係を持つことはあり、中には子供が生まれることもあった。当時の慣習として間引きが広く行われていたため、おじろく・おばさの子供の多くは堕胎や間引きの対象となったが、家の跡継ぎの子供として育てられたり、「拾い子」と称して引き取られたりする例外も見られた。宗門人別帳や戸籍簿には「伯父」「伯母」として記載されることがあった。

明治以降、社会構造の変化や都市部への出稼ぎの増加により、この慣習は衰退していった。しかし、昭和30年代頃まで一部地域に高齢のおじろく・おばさが生存していたことが、地元出身の研究者である水野都沚生氏の調査によって記録されている。水野氏が取材した中には、生涯ほとんど村の外に出たことがなく、「社会のない人生」を送ったと評された者もいた一方で、仕事や地域行事に関わった者、子供を持った女性など、多様な実態があったことも報告されている。昭和34年に亡くなった大石歌松氏は、自立した生活を送った最後のおじろくの一人として知られる。水野氏の研究は、この慣習が地域の歴史や御館・被官制度と関連があることを指摘し、学術的な光を当てた。近藤廉治氏も天竜村での事例を調査し、生存者の証言から彼らの寡黙さ、人との交流を避ける傾向、しかし中には個人的な楽しみを持つ者もいたことを記録している。これらの研究は、前近代的な家制度や貧困の中で、個人の人生が家のために制約された歴史の一側面を伝えている。

関連項目
東北の神武たち
農奴制

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