きりしとほろ上人伝

『きりしとほろ上人伝』は、芥川龍之介が1919年（大正8年）に発表した短編小説です。作者自身による「レゲンダ・アウレア」（黄金伝説）からの翻案と明記されており、キリスト教聖人クリストフォロスの物語を基に創作されています。

物語は、巨人で心優しいれぷろぼすの生涯を描いています。れぷろぼすは、世の中で最も強いものに仕えたいと願っていました。当初、アンティオキア帝国の皇帝に仕えますが、祝宴の席で皇帝が悪魔を恐れるのを見て、悪魔の方が強いと悟ります。そして、悪魔の僕となることを宣言し、投獄されます。

獄中で、れぷろぼすは悪魔に助け出され、エジプトの砂漠で隠者として暮らすことになります。悪魔は美女の姿で隠者を誘惑しようとしますが、隠者は強い信仰心で悪魔を退けます。この出来事を通して、れぷろぼすはキリストの力に気づきます。

隠者に相談したれぷろぼすは、キリストの僕になりたいと願いますが、悪魔に仕えた過去を持つ者は、枯木に花が咲くまで神の僕にはなれないという掟がありました。しかし、れぷろぼすの巨体と純粋な心を認めた隠者は、彼に大河の渡し守をさせることを提案します。人々のために尽くすことで、神の恩寵を得られると考えたのです。

れぷろぼすは洗礼を受け、「きりしとほろ」と名を変え、大河の渡し守となります。彼は三年間、人々を無償で運び続けました。嵐の夜、小さな少年を背負って河を渡ろうとしたきりしとほろは、少年の驚くほどの重さを感じます。渡り終え、少年から「あなたは今、キリストの苦しみを背負ったのです」と言われるのです。

その夜、きりしとほろの姿は消え、残されたのは柳の杖と、その周りに咲く赤いバラの花でした。この物語は、巨人の改心と、善行による救済、そして信仰の力を描いた作品です。

物語の舞台は架空ですが、戦国時代の京阪地方の方言を巧みに使用している点が特徴的です。『天草本伊曾保物語』の影響が見られ、古風でありながら、親しみやすい独特の文体が作品の魅力を高めています。この作品は、芥川龍之介の「切支丹物」と呼ばれるジャンルの中でも、特に優れた作品として高く評価されています。

芥川龍之介は、この作品でキリスト教の信仰と、人間の心の救済という普遍的なテーマを、独自の視点と洗練された文体で表現しています。巨人の壮絶な物語は、読者に深い感動と余韻を与え、人間の心の奥底にある葛藤や救済という普遍的なテーマを問いかけています。キリスト教的なモチーフと、日本的な叙事詩的な要素が見事に融合した『きりしとほろ上人伝』は、今もなお多くの読者から愛され続けている芥川龍之介の代表作の一つなのです。

作品全体を通して、一見すると非現実的な巨人の物語ですが、その背後には人間の罪や苦悩、そして救済への強い願いが読み取れます。れぷろぼすの心の変化、そして彼の救済という過程は、読者に深い共感と感動を与え、人間の心の奥底にある普遍的なテーマを考えさせる作品となっています。

また、この作品が発表された時代背景も考慮すると、当時の社会状況や宗教観が反映されている部分もあると考えられます。キリスト教に対する複雑な感情や、信仰と現実社会との間の葛藤などが、作品の中に subtly に織り込まれているのかもしれません。こうした多様な解釈の余地があることも、『きりしとほろ上人伝』の魅力の一つと言えるでしょう。

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