しろばんば

自伝的長編小説『しろばんば』

井上靖による『しろばんば』は、自身の幼少時代を基にした物語で、1960年から『主婦の友』に掲載された後、中央公論社から単行本が刊行されました。本作は後に続編である『続しろばんば』と共に、新潮社から文庫本としても発表されています。この作品は、井上が幼少期を過ごした静岡県伊豆半島中央部の湯ヶ島を舞台にしており、特に秋の夕暮れに舞う雪虫「しろばんば」が重要な象徴として登場します。

舞台と背景

物語の時代背景は大正初期に設定されています。主人公・洪作は、母や義理の曾祖父の妾であるおぬい婆さんとの独特な生活を通じて成長します。作中では洪作の精神的な成長や、彼を取り巻く家族や親戚との関係が描かれています。特に、おぬい婆さんとの深い絆は物語の核となり、家族内の複雑な人間関係が洪作の人格形成に影響を与えています。

主要な人物

洪作

洪作は、主人公であり、祖先から続く医家に生まれ育ちました。実の両親と共に暮らしていない彼は、おぬい婆さんという一見不安定な存在に育てられています。成績優秀でありながら、都会と田舎の文化の違いから劣等感を抱えています。彼の視点を通して、幼年期の葛藤や思春期の感情が繊細に表現されます。

おぬい婆さん

おぬいは洪作の身近な存在であり、彼に無償の愛情を注ぐキャラクターです。彼女の生い立ちや背景も物語の大きなテーマとなっており、彼女の存在が洪作の成長に与えた影響は計り知れません。おぬいとの関係は決して平坦ではありませんが、彼女の愛情が洪作を温かく包み込んでいます。

物語の展開

物語は洪作が小学校に通う頃から始まります。彼の生活は、おぬい婆さんとの日々や、母方の叔母であるさき子との関わりを通じて描かれていきます。さき子は洪作の心の成長に大きな影響を与えますが、彼女の妊娠やその後の死は洪作に深い悲しみをもたらします。

一方、洪作は新しい友人であるあき子に恋心を抱くものの、優しさや思いやりが鮮明に描かれ、純粋な恋の辛さも感じ取れます。

作品の意義

『しろばんば』は、単なる自叙伝にとどまらず、世代を超えた愛や人間関係の複雑さを訴えかける作品です。作中で描かれるキャラクターたちとの交流は、洪作にさまざまな視点や価値観をもたらし、彼の成長の過程を通じて人生の奥深さや人間同士の絆の重要性を伝えています。作品は多くの読者にとって、子どもから大人になる過程での普遍的なテーマを提供し、感動を呼び起こしています。

本作は、深い感受性や文学的な価値だけでなく、井上靖自身の人生に深く根ざした内容であるため、多くの読者に共感を与え続けています。

もう一度検索