にごりえ

樋口一葉『にごりえ』の概要

樋口一葉による短編小説『にごりえ』は、1895年に発表され、日本文学における重要な作品の一つとされています。この作品は、私娼であるお力が、落ちぶれた男・源七との悲劇的な情死を描いており、特にリアリズムが際立っています。「にごりえ」というタイトルは、古典和歌に由来するとも考えられています。

作品の背景

『にごりえ』は、樋口一葉の住まい近くの実際の場所、現在の台東区竜泉では、多くの私娼が生活を営んでいました。一葉は、これらの女性たちと親交を持ち、特に恋文の代筆を行っていました。その中には、彼女の作品『にごりえ』の主人公であるお力のモデルとも言われる「お留」という酌婦もいました。源七というキャラクターには、彼女がかつて同情を寄せていた半井桃水の影響が見られます。

一葉がこの作品を執筆した1895年は、彼女の父が亡くなってから七回忌を迎える年でした。一葉は法要のために原稿料を前借りし、そのお金でこの物語を書き上げました。当初の草稿には「ものぐるひ」や「親ゆずり」といった仮題が付けられていたことが、未定稿からも知られています。

あらすじ

物語は、丸山福山町の銘酒屋「菊の井」にいる酌婦・お力を中心に進展します。お力は上客の結城朝之助に魅かれますが、以前からの客である源七も無視できない存在です。源七は蒲団店を経営していたが、お力に強く惹かれるあまり没落し、妻子ともに生活が困窮しています。彼はお力への未練を断ち切れずに苦しむ日々を送っていました。

物語は盆の夜、全くの孤独に包まれた静寂の中で、お力が外に飛び出すところから始まります。彼女は厭世的な思考に捕らわれ、永遠に逃げてしまいたいと願います。その時、朝之助に呼び止められ、彼と共に店に戻りますが、お力は自らの不遇な境遇を語ります。朝之助は「お前は出世を望むな」と言い、これに驚いたお力は、自らの運命に打ちひしがれる感情を抱きます。夜が更ける中、朝之助が帰ろうとするのをお力は泊まらせます。

一方、源七は仕事がうまくいかず、家計は妻のお初の内職に頼る状態。源七の息子が、お力からもらったカステラを巡り、妻と口論に発展し、最終的に源七は家族と別れる決断をします。こうした様々な要因が結びつき、お力と源七の悲劇的な運命が交差し、お力は源七の手によって無理とも合意とも言えない心中に陥り、命を落とすことになります。

映像化作品

『にごりえ』は、映画やテレビドラマとしてもいくつかの形で映像化されています。1953年の映画『にごりえ』を始まりに、1960年、1961年、1964年、1973年、1993年にはテレビドラマ版が制作され、物語の魅力が広がっています。これらの作品は、一葉の文学に新たな視点を加え、現代においてもなお多くの人々に感銘を与えています。

このように『にごりえ』は、樋口一葉の文学的才能とその時代背景を色濃く反映した名作として、今も読み継がれています。その深い人間愛と悲劇的な結末は、読者に深い思索を促すものであり、文学作品としての価値は尽きることがありません。

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