ねじ式

つげ義春の代表作『ねじ式』

『ねじ式』は、1968年に漫画雑誌『月刊漫画ガロ』に掲載された、つげ義春による漫画作品です。作者自身の夢と、千葉県太海への旅行体験をもとに描かれたとされていますが、その作風は前衛的でシュール。従来の漫画の枠にとらわれない独特な世界観が、多くの読者に衝撃を与えました。

あらすじ

物語は、主人公の少年が海でメメクラゲに左腕を噛まれて静脈を切断される場面から始まります。出血が止まらない恐怖の中、少年は「イシャはどこだ！」と叫びながら、医者を求めて奇妙な漁村をさまよいます。しかし、村人たちは少年をまともに相手にせず、少年は不条理な出来事に次々と遭遇。線路の上を歩いて隣村へ向かうも、狐のお面を被った少年の運転する機関車で元の村に戻されてしまいます。

絶望的な状況の中、少年は「金太郎飴ビル」という場所にあるという女医の情報を得ます。そこで出会った女医は、少年を診察すると、〇×方式を応用した「シリツ」（手術）を行います。血管を接続するためのバルブネジを取り付け、それを決して締めてはならないと警告。手術を終えた少年は、モーターボートで漁村を去るという、不可解な展開で物語は幕を閉じます。

作品の特徴

『ねじ式』の最大の特徴は、そのシュールで不条理な世界観です。現実と夢が曖昧に混ざり合い、登場人物たちの行動や発言も非論理的。物語の舞台となる漁村もどこか奇妙で、現実離れした雰囲気を醸し出しています。これらの要素が組み合わさることで、読者は一種の悪夢を見ているような感覚に陥ります。

また、つげ義春は、この作品で初めてリアルな女性の裸体を描きました。これは、当時の漫画界では非常に珍しい試みであり、つげ自身の内面をさらけ出すような行為でした。この解放感が、後の作品にもつながっていったとされています。

作品の舞台

作品の舞台となった漁村は、千葉県の太海がモデルとされています。しかし、つげ自身は、作品全体が太海だけを想定して描かれたわけではないと述べています。作中には、太海漁港周辺の風景に似た場所や、アイヌ人の教育者・知里高央をモデルにした人物が登場するなど、複数の要素が組み合わさって、独特な世界観が形成されています。

時代背景と反響

『ねじ式』が発表された1968年は、学生運動が盛んな時代でした。アングラ文化も隆盛し、この作品のシュールな作風は、当時の社会状況と共鳴し、大きな話題を呼びました。漫画界だけでなく、文学や美術などの分野にも影響を与え、フロイト流の精神分析による評論まで試みられました。しかし、つげ自身はそうした解釈に反発し、自身の内面をそのまま描いたものではないと語っています。

多くの評論家や文化人が、それぞれの視点から『ねじ式』を分析しました。詩人の天沢退二郎は、この作品を「悪夢の中のわれわれ」と表現し、石子順造は「存在論的反マンガ」と評しました。また、この作品が夢に着想を得て描かれたことは、その後のつげの作品にも大きな影響を与えました。

構想と背景

この作品が生まれた背景には、編集者の権藤晋の尽力がありました。権藤は、つげの才能を高く評価し、作品を発表する場を提供しました。つげは、水木しげるの仕事を手伝いながら、自身の作品にも取り組み、数々の傑作を生み出しました。『ねじ式』は、その中でも特に重要な作品として位置づけられています。

ねじ式の元ネタと夢

つげは、多くの作品で写真を元にコマを描き込んでいましたが、この作品にも複数の元ネタ写真が存在することが判明しています。また、作品には、つげ自身の過去の経験や、夢の中の出来事が反映されています。

元ネタ写真

- 少年が目の描かれた眼科の看板の立ち並ぶ建物の前を歩くコマ
- 「イシャはどこだ！」と叫び地面に横たわる少年の傍らを4人のラッパ吹きが通り過ぎようとするコマ
- スパナを持った中年の男のコマ
- 朽ちた流木
- 洗濯物が干してある風景
- 祭礼の日の風景
- 斜め横方向から描かれた蒸気機関車
- 産婦人科医が「ここは男のくる所ではありません」と話すコマ
- モーターボートのラストシーン

これらの写真作品は、『スペクテイター』第41号で公開されています。

文学作品との関係

『ねじ式』のセリフには、寺山修司の散文詩『ロング・グッドバイ』との類似性が見られます。また、井伏鱒二の作品も、つげの作風に影響を与えていると指摘されています。

追体験

発表の翌年、つげは偶然にも『ねじ式』に似た出来事を現実に体験します。旅先で毒虫に刺され、医者を求めてさまよい歩くという、作中の主人公と同じような経験をしました。この出来事は、つげの作品世界をより深く理解するための重要な要素と言えるでしょう。

ねじ式展

2019年には、東京で『ねじ式展』が開催されました。原画の展示や、映像作品の上映、トークイベントなどが行われ、多くのファンが訪れました。

その他

- 少年の顔が後に書き直されている
- パソコンゲーム化、映画化されている
- 作中の「メメクラゲ」は誤植が元になっている
- 多くの漫画家によってパロディ化されている
- 様々な分野に影響を与えている

評価・分析

『ねじ式』は、作者の無意識が生み出した傑作として、多くの人々から高く評価されています。そのシュールで不条理な世界観は、読者に強烈な印象を与え、様々な解釈を生み出しました。この作品は、つげ義春の代表作であるだけでなく、日本の漫画史においても重要な作品として位置づけられています。

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