はるヲうるひと

映画『はるヲうるひと』について

俳優であり劇作家としても活動する佐藤二朗が、自身の主宰する演劇ユニット「ちからわざ」で2009年に初演した同名舞台を、自ら監督・脚本を手がけて映画化した作品です。監督作としてはこれが2本目となります。主演には実力派俳優の山田孝之と仲里依紗を迎え、佐藤二朗自身も重要な役で出演しています。約5年の構想期間を経て映画化が実現し、2021年6月4日に日本で劇場公開されました（当初は2020年5月に公開予定でしたが、新型コロナウイルスの影響で延期されました）。映倫によりR15+指定作品とされています。

物語の舞台は、外界から隔絶されたかのような架空の離島にある、古びた置屋「かげろう」です。この場所で、過酷な現実を生きる人々の姿、特に「生きる手触りが見出せず、死んだように過ごしている」登場人物たちが、それでもなお必死に生にしがみつき、もがき続ける壮絶な人間ドラマが描かれます。佐藤監督は本作について、そうした極限状況下での「生」の闘いを描いた物語であると説明しています。

製作背景

佐藤監督は、本作の映画化にあたり、資金集めの難しさに直面したことを語っています。「佐藤二朗と山田孝之という組み合わせならばコメディだろう」という先入観から、ドラマ作品への出資を得るのに苦労したといいます。しかし監督は、これまでコメディ作品での印象が強かった山田孝之の新たな一面を引き出したいという強い思いがありました。「どうしようもないチンピラ」でありながらも、「弱くて泣き虫で、どこか愚かな」主人公像を山田に託すことで、俳優としての深みを追求しようとしたのです。このような、監督自身の artistic vision を貫く姿勢が、本作の完成へと繋がりました。

ストーリー概要

物語は、置屋「かげろう」を支配する真柴家の確執を中心に展開します。現在の主人である哲雄は、先代の正妻の子であり、異母弟の得太（山田孝之）と異母妹のいぶき（仲里依紗）に対し、辛く冷たい態度を取り続けます。彼らの母親は、先代の妾でした。この家族の間の確執の根源には、過去に起きた悲劇的な出来事がありました。世間では、先代が妾と無理心中を図り、それを見た正妻が自殺したとされていましたが、これは表向きの「真実」でした。

ある時、哲雄がいぶきに対して非道な行いをしたことから、得太と哲雄の間で激しい対立が起こります。この修羅場の中で、得太は長年胸に秘めていた驚くべき真相を明かします。実は、哲雄の母である正妻と、得太・いぶきの母である妾は、密かに深く愛し合っていたのです。そして、心中を図ったのは他でもない彼女たち二人であり、それを偶然目撃した先代が衝撃を受けて自殺したというのが真相でした。先代は息絶える間際、得太にこの事実を誰にも話さないよう固く言い聞かせていました。

この隠された真実が露呈したことで、「かげろう」に暮らす人々の間に張り詰めていた空気が揺らぎ始めます。登場人物たちは、それぞれの過去の傷や現在の苦悩、そして明らかになった真実と向き合いながら、閉鎖的な環境の中で生きる道を探ります。置屋で働く娼婦たちの日常や、彼女たちが抱える事情も描かれ、その中の一人が長年の客と結ばれて置屋を出る決意をしたり、内気だった新入りの娼婦が自分の仕事を受け入れられるようになるなど、わずかな希望や変化も描かれています。得太といぶきが、亡き母への複雑な思いを抱えながら感情を剥き出しにするクライマックスのシーンは、本作の大きな見どころの一つです。

主なキャストとスタッフ

主要なキャストとして、主人公・得太を山田孝之、その妹いぶきを仲里依紗、置屋の主人・哲雄を佐藤二朗が演じます。置屋で働く娼婦たちには、今藤洋子、笹野鈴々音、駒林怜、坂井真紀といった個性的な俳優陣が顔を揃えます。客役で太田善也、向井理らが出演。得太たちの父親である先代を大高洋夫、哲雄の母親である正妻を兎本有紀が演じています。舞台版に出演していた俳優の多くが、本作にも参加しています。

スタッフは、監督・脚本・原作を佐藤二朗が兼任。主なスタッフに、音楽の遠藤浩二、撮影の神田創、美術の坂本朗らが名を連ねています。

国際映画祭での上映と日本公開

本作は、日本での公開に先駆け、2019年10月にはポーランドの第35回ワルシャワ国際映画祭の1-2コンペティション部門に出品され、国際的に高い評価を受けました。

日本では一度延期を経て、2021年6月4日に改めて全国公開。閉鎖された場所で「生」を模索する人々の姿を、力強く描いた重厚な人間ドラマとして、観る者に深い問いを投げかける作品です。

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