ぶっちぎりNO文句

覆面歌手XQSの謎めいたデビュー作「ぶっちぎりNO文句」

1983年11月21日、レコードジャケットにギターを抱えた人物のネガ写真と「みんなみんな知っている、だけど誰だかわからない。だ、誰だ！」という挑発的なコピーが踊る、異色のシングルレコードが発売されました。そのタイトルは『ぶっちぎりNO文句』。歌い手は、謎の覆面歌手XQS（エクスキューズ）です。レコード番号はETP-17543。

このシングルは、A面にタイトル曲「ぶっちぎりNO文句 ☆SUSHI BAR」、B面に「おとなの童話 〜今だからいうけれど〜」を収録。A面は、ディドリー・ビートを取り入れた軽快な曲調で、XQSはプロモーションビデオの中で穴のあいた角底袋で顔を覆い、黒のタキシードに黒タイツ、革靴という姿で華麗なステップを披露しました。レコードジャケットには、藤村俊二による振付「BUCCI-GUILI DANCE」のイラストも掲載され、独特の世界観を演出しています。一方、B面はA面とは対照的に、シリアスな曲調のバラードとなっています。作詞は阿久悠、作曲・編曲は井上大輔が担当しました。

このXQSという謎めいたアーティストの正体は、後に国民的歌手として知られる坂本九であることが明らかになります。しかし、当時の音楽業界はシンガーソングライター全盛期で、職業作曲家の楽曲を歌うスタイルは時代遅れになりつつありました。大スターであった坂本九でさえ、レコード会社から新規の楽曲制作をなかなか認められず、苦境に立たされていました。

そんな状況の中、坂本九は長年楽曲の作詞を担当してきた永六輔氏から「坂本九という名前に頼っているから売れないんじゃないか」と厳しい言葉を投げかけられます。この言葉が、坂本九を覆面歌手として活動する決意へと突き動かしました。まさに崖っぷちの状況に立たされた坂本は、「スーパーの袋を被るくらいの気持ちで」と、開き直るような覚悟でXQSとして活動を開始したのです。

しかし、このXQS名義での活動は『ぶっちぎりNO文句』のみで幕を閉じます。その後、坂本九は再び自身の名前で活動を再開するのですが、このXQSとしての活動は、音楽界の巨星にとって、忘れられない転機となったことは間違いありません。

興味深いのは、坂本九のオフィシャルサイトにおける表記です。「ぶっちぎりNO文句」の歌手はXQSとされている一方、「おとなの童話 〜今だからいうけれど〜」の歌手は坂本九と表記されている点です。これは、XQSプロジェクトの特殊性を示す象徴的な例と言えるでしょう。

『ぶっちぎりNO文句』は、坂本九の隠された才能と、時代の変化の中で葛藤するアーティストの心情、そして音楽界の裏側を垣間見せる、非常に貴重な作品となっています。一見奇抜なパフォーマンスの裏には、真剣勝負で音楽と向き合った、坂本九の強い意志が感じられます。 このシングルは、単なる楽曲としてだけでなく、日本の音楽史における一エピソードとして、これからも語り継がれていくことでしょう。

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