ゆきゆきて、神軍

『ゆきゆきて、神軍』：戦争と正義、そして一人の男の執念

1987年、日本映画界に衝撃を与えたドキュメンタリー映画『ゆきゆきて、神軍』。この作品は、太平洋戦争におけるニューギニア戦線での生き残り、奥崎謙三の波乱に満ちた人生を追ったものです。監督は原一男、企画は今村昌平という、当時すでに高い評価を得ていた二人の巨匠がタッグを組んだ意欲作であり、国内外で多くの賞を受賞しました。キャッチコピーの「知らぬ存ぜぬは許しません」という言葉は、奥崎謙三の強い意志と、戦争責任追及への揺るぎない決意を象徴的に表しています。

極限状況下での生存と戦争責任追及

奥崎謙三は、第二次世界大戦中に日本軍の独立工兵隊第36連隊の一兵士としてニューギニアに送られました。過酷なジャングルでの戦闘を生き延びたのは、1300名いた部隊員のうちわずか100名。奥崎は、かつての所属部隊での部下射殺事件の真相を追い求め、関係者への取材を始めます。証言を得るため、奥崎は時に暴力的な手段も辞さず、生き残った元兵士たちの口から、戦後になって初めて明かされる驚くべき真実が語られていきます。元上官による処刑命令の存在も明らかになり、奥崎の戦争責任追及は、次第に社会全体への問いかけへと発展していきます。

映画制作の軌跡：出会いと葛藤

原一男監督は、今村昌平から奥崎謙三の著書『田中角栄を殺すために記す』を紹介され、奥崎に直接会い、その強烈な個性と生き様に感銘を受けます。1982年から撮影が始まり、奥崎の許可を得て、彼の行動を追いかけるドキュメンタリー制作が開始されました。当初は奥崎の戦争体験が中心となる予定でしたが、取材を進めるうちに、元兵士たちの証言、そして奥崎自身の変わっていく姿が、映画の軸となっていきます。

撮影期間中は、奥崎と原監督の間には数々の衝突がありました。奥崎は自身の演出や脚本への要求を繰り返し、過剰な演技をすることもありました。特に、奥崎が元上官を殺害しようとした場面では、原監督は大きな葛藤を抱え、倫理的な問題と表現の自由の間で揺れ動きます。多くの人々からの助言や意見を聞きながらも、最終的には映画制作を継続。撮影は日本各地だけでなく、インドネシアのニューギニアまで及んだものの、フィルム没収というアクシデントにも見舞われます。

奥崎謙三という存在：過激な行動と強い信念

奥崎謙三は、映画の中でしばしば過激な言動を見せます。自宅屋上に「独居房」を建設しようとしたり、警視庁の覆面パトカーを巧みに利用したりするなど、その行動は常軌を逸しているように見えます。しかし、その裏には、天皇の戦争責任を訴え続けるという、揺るぎない信念がありました。映画は、奥崎の異常とも思える行動を通して、戦争というものの非道さ、そして戦争責任という重いテーマを私たちに突きつけてきます。

社会への影響とその後

『ゆきゆきて、神軍』は、単館上映ながら大ヒットを記録し、社会に大きな反響を呼びました。若者たちは、奥崎の奇矯な言動に笑う一方、戦争の残酷な現実を突きつけられ、複雑な感情を抱きました。映画は、裁判の証拠として法廷で上映されたり、多くの賞を受賞したりするなど、その影響は多方面に及びました。奥崎はその後、殺人未遂罪などで有罪判決を受け服役。出所後も天皇の戦争責任を訴え続け、2005年に亡くなりました。

『ゆきゆきて、神軍』は、単なる戦争映画ではありません。奥崎謙三という一人の男の強烈な生き様を通して、戦争の悲惨さ、そして未だ解決されない戦争責任という問題を改めて問いかける、力強いメッセージを持った作品です。 この映画は、観る者の心に深く刻まれる、忘れられない体験となるでしょう。

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