アイアンクロー (映画)

アイアンクロー

2023年にアメリカ合衆国で公開された映画『アイアンクロー』（原題：The Iron Claw）は、プロレス界においてその名を知らぬ者はいない伝説的な一家、フォン・エリック・ファミリーの壮絶な実話に基づいています。1960年代から70年代にかけて「鉄の爪」を得意技に活躍した元AWA世界ヘビー級王者、フリッツ・フォン・エリックを父に持つ息子たちが、彼の強烈な期待と指導のもとプロレスラーとして生きる道を選び、栄光と想像を絶する悲劇に見舞われる姿を、主に次男ケビンの視点を通して深く掘り下げています。

長年にわたり映像化が構想されつつも、プロレスの複雑な再現などが難航し実現には至らなかったフォン・エリック・ファミリーの物語ですが、ショーン・ダーキン監督が並々ならぬ熱意をもって製作を推進したことで、ついに実現しました。当初はスキャンダラスな側面やホラー的な要素に焦点を当てる案も存在しましたが、最終的にはフォン・エリック一家の核である家族の絆、特に兄弟愛を中心テーマに描く方向性が選ばれています。本作は第95回ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞において、作品賞のトップ10に選出され、アンサンブル演技賞も受賞するなど、その完成度の高さが広く認められました。

物語は、父フリッツの厳格な指導のもと、プロレスラーとしてのキャリアをスタートさせた次男ケビンのデビューから始まります。幼くして長兄を亡くしたフォン・エリック家において、ケビンは兄弟の中で最初にリングに上がりました。彼に続いて三男デビッド、四男ケリー、そして五男マイクもプロレスの道に進み、1980年代には「フォン・エリック3兄弟」（劇中では兄弟構成が一部変更されています）として、父が主宰する団体WCCW（ワールド・クラス・チャンピオンシップ・レスリング）で絶大な人気を獲得します。

ユニットのリーダー的存在であったケビンですが、長身でマイクパフォーマンスに長けたデビッドや、鍛え抜かれた肉体を持つケリーといった、華やかで体格に恵まれた弟たちに人気が集まるにつれて、父の期待が彼らに向けられていることを感じ取ります。内心に嫉妬心を抱えながらも、健気に弟たちを支えるケビンの唯一の心の安らぎは、恋人のパムの存在でした。パムとの間に子供を授かったことを機に、二人は家族に見守られながら結婚します。順風満帆に見えた一家に、しかし悲劇の連鎖が襲いかかります。一家の悲願であった世界ヘビー級タイトルマッチを目前に控えていたデビッドが、遠征先で急逝します。さらに、有望なレスラーとして期待されていたケリーが不慮の事故（劇中ではバイク事故として描かれますが、実際は怪我を悪化させた結果）に見舞われ、足首を切断することになります。レスラーとしての道を半ば強制される形でリングに上がった五男マイクも、試合中の負傷がもとで深刻な後遺症を患ってしまいます。

「チャンピオンになれ」。父フリッツの教えは、フォン・エリック・ファミリーにとって絶対的なものでした。その至上命令に応えるため、兄弟たちは体を極限まで鍛え上げ、痛みを鎮痛剤で抑え、肉体維持のためにステロイドを使用し、精神を高揚させるためにコカインに手を出すといった、過酷で危険な道を歩むことになります。この映画は、プロレス界での栄光の裏側で、強すぎる父の期待と一家にのしかかる呪われた運命に翻弄されながらも、互いを支え合おうとする兄弟たちの痛ましいまでの絆を描き出しています。

本作では、物語の構成上、フォン・エリック家の六男であるクリスは登場しません。彼の存在はストーリーから省かれ、一部のエピソードはマイクのキャラクターに統合されています。これは上映時間の制約や、クリスが他の兄弟と年齢が離れているため、兄弟の青春時代を中心に描く上でストーリーに組み込みにくかったといった理由に加え、「これ以上の悲劇に観客が耐えられないだろう」という監督の判断もあったとされています。

また、主な舞台となる試合会場、ダラス・スポータトリアムは史実では火災で焼失していますが、映画のために再現されています。ただし、実際には3500人以上を収容できる大規模な会場であったにもかかわらず、劇中では小規模に描かれている点も指摘されており、これは映画の予算によるものだと推測されています。

映画の冒頭では、「インスパイアード・バイ・トゥルー・ストーリー」（実話にインスパイアされた）という言葉が掲げられています。これは一般的な「ベイスト・オン・トゥルーストーリー」（実話に基づく）とは異なり、フォン・エリック一家の悲劇そのものを忠実に再現するのではなく、その実話から着想を得たテーマ、すなわち家族愛や兄弟愛、そして抗いがたい運命といった普遍的なテーマを追及した作品であることを示唆しています。監督の視点を通して、フォン・エリック・ファミリーの壮絶な軌跡を、単なるプロレス映画としてではなく、普遍的な家族の物語として描き出した一作と言えるでしょう。

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