アインシュタイン＝シラードの手紙

アインシュタイン＝シラードの手紙：原子爆弾開発への序章

1939年8月2日、アルバート・アインシュタインはフランクリン・ルーズベルト大統領に宛て、歴史の転換点となる手紙を送りました。この手紙は、後にマンハッタン計画として知られる、アメリカによる原子爆弾開発計画の始まりに大きな影響を与えたとされています。

この手紙の作成には、物理学者レオ・シラードが深く関わっていました。シラードは、ウランによる核連鎖反応の可能性と、それがもたらす強力な兵器、そしてナチス・ドイツによる核開発の脅威をアインシュタインに訴えました。アインシュタインは、シラードの懸念を共有し、大統領への手紙に署名することで、その警告を世界に伝えました。

手紙の内容：緊急の警鐘

手紙は、ウランの核分裂反応と、それが連鎖反応を起こす可能性を指摘していました。特に、フェルミ、シラード、ジョリオ＝キュリーらの研究成果に触れ、ウランの二次中性子放出が確認されたことで、核連鎖反応が現実味を帯びていると警鐘を鳴らしました。さらに、ドイツがウランの輸出を禁止した事実を挙げ、ドイツが核兵器開発に近づいているという懸念を示唆しました。

手紙では、ウラン爆弾が想像以上に巨大なものになる可能性も示唆されています。これは、当時のシラードらが、天然ウランと減速材を用いた原子炉型の連鎖反応を想定していたためです。しかし、後の研究で、ウラン同位体の濃縮技術が進歩し、高速中性子を用いれば、小型のウラン爆弾も可能となることが分かりました。

手紙の最終部分では、ドイツにおける核開発の状況が示唆されており、ドイツ外務省高官の息子であるカール・フリードリヒ・フォン・ヴァイツゼッカーが核開発に関与していたことが触れられています。

アインシュタインとシラードは、手紙を通してアメリカ政府に、核研究への支援と、政府と科学者間の連携体制の構築を求めました。しかし、この提案は、アメリカの官僚主義に対するシラードらの認識不足も反映していたと言えるかもしれません。

経緯：ハンガリー陰謀団とアインシュタイン

核連鎖反応の可能性と、それがもたらす核戦争の脅威をいち早く認識したのはシラードでした。彼は、ナチス・ドイツの核兵器保有を阻止するため、アメリカが先んじて核兵器を開発すべきだと考え、核連鎖反応の実現を急いでいました。

シラード、ウィグナー、テラーらハンガリー出身の亡命物理学者たちは、この問題をアメリカ政府に訴える必要性を痛感し、アインシュタインに手紙への協力を依頼しました。彼らは、アインシュタインの権威と影響力を借りて、政府に警告を発信しようとしました。

アインシュタインは、当初は核連鎖反応の概念を理解していませんでしたが、シラードの説明を受けた後、その危険性を認識し、手紙への協力を決意しました。

手紙は、何度も修正が重ねられ、最終的に大統領への手紙として完成しました。シラードは、アレクサンダー・ザックスという経済学者を介して、手紙を大統領に届けました。

ウラン諮問委員会とマンハッタン計画

ザックスは、ルーズベルト大統領との面会で、アインシュタインの手紙の内容を直接伝える代わりに、原子力の可能性と危険性を説明する文書を読みました。この結果、ウラン諮問委員会が設立され、核研究への資金援助が決定しました。

しかし、この委員会の活動は当初は限定的なものでした。フェルミらの研究チームへの資金提供は遅延し、アメリカ政府の原子爆弾開発への本格的な取り組みは、イギリスからの情報提供と、真珠湾攻撃による戦争突入によって加速されました。

1942年、マンハッタン計画が始動し、アメリカは本格的に原子爆弾開発に乗り出しました。アインシュタインは、その政治的立場から、計画には参加しませんでしたが、彼の書いた手紙は、その計画の出発点となったのです。

アインシュタインの後悔と評価

晩年、アインシュタインは、ルーズベルト大統領への手紙に署名したことへの後悔を表明しました。彼は、核兵器開発が人類にもたらす危険性を理解していましたが、ドイツが核兵器を開発する可能性を恐れて、この行動に出ざるを得なかったと語っています。

アインシュタイン＝シラードの手紙は、アメリカによる原子爆弾開発のきっかけとして広く知られていますが、その歴史的役割については様々な議論があります。手紙は、アメリカ政府の原子力研究への関心を高めるのに一定の役割を果たしましたが、直接的にマンハッタン計画の発足を決定づけたわけではありません。

また、スマイス・レポートにおいて、アインシュタインの手紙が強調されたことで、アメリカ政府による原子爆弾開発の正当化に利用されたという指摘もあります。

アインシュタイン＝シラードの手紙は、科学技術の進歩がもたらす危険性と、科学者の倫理的責任を改めて問いかける、重要な歴史的文書となっています。

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