アカバネウイルス

アカバネオルソブニヤウイルス

アカバネオルソブニヤウイルス（Akabane orthobunyavirus）は、主にウシやヒツジ、ヤギなどの反芻動物に感染し、特に妊娠中の個体において胎児に中枢神経系の先天性異常を引き起こすウイルスです。オルソブニヤウイルス属に分類され、節足動物が媒介することからアルボウイルスの一種とされています。

背景と分類

このウイルス群には、アカバネウイルスとアイノウイルスが含まれており、いずれも先天性欠損症の原因となることが知られています。これらは一般的に「アカバネウイルス」として総称されることもあります。アカバネウイルスの名前は、最初にウイルスが分離された日本の群馬県赤羽村（現在の館林市の一部）に由来しています。オルソブニヤウイルス属の中でもSimbu血清群に属しており、近年ヨーロッパで流行したシュマレンベルクウイルス（SBV）もこの血清群に属し、アカバネウイルスとは遺伝的に近縁であることが判明しています。

引き起こす疾病（アカバネ病）

アカバネウイルスが引き起こす疾病は「アカバネ病」と呼ばれます。特徴として、成獣や生まれたばかりの幼獣に感染しても、多くの場合、明らかな臨床症状を示しません。しかし、妊娠中の動物が初めてこのウイルスに感染し、免疫がない状態でウイルスに曝露されると、状況は一変します。ウイルスは胎盤を通過して胎児に感染し、特に発達途上の中枢神経系に大きな損傷を与えます。

胎児期に感染した子牛や子羊は、出生後に様々な神経症状を呈します。具体的には、視力障害、歩行困難（関節の硬直など）、授乳や群れでの行動を学習する能力の低下などが挙げられます。重症の場合、起立不能や痙攣が見られることもあります。ウシ、ヒツジ、ヤギの他に、スイギュウ、ラクダ、ウマ、イヌなども感染する可能性がありますが、スイギュウを除けば、これらの動物では通常、感染しても発病することは少なく、深刻な問題に至ることは稀と考えられています。

感染経路と伝播

アカバネウイルスの主要な感染経路は、特定の種類のヌカカ（小さな吸血昆虫）による吸血です。特にオーストラリアなどでは、オーストラリアヌカカ（Culicoides brevitarsis）がウイルスを媒介することが確認されています。これらの媒介昆虫がウイルスを保有し、感受性のある動物を吸血することで感染が広がります。

アカバネ病の発生は、媒介昆虫の活動が活発になる温暖で湿度の高い季節と関連が深いです。ウイルスを持つ媒介昆虫が、これまでウイルスに接触したことのない非免疫の動物集団に侵入・伝播することで、集団発生のリスクが高まります。特に、分娩期を迎えるウシの群れが初感染を受けると、多くの先天性異常を持つ子牛が生まれるといった被害が発生する可能性があります。

診断と管理

アカバネ病の診断は、出生した仔獣の臨床症状（神経症状や関節異常）に基づいて疑われ、血液中のウイルスに対する抗体を検出することで確認が可能です。また、感染が疑われる胎子や新生仔からウイルスそのものを分離・同定する方法として、免疫蛍光法やPCR法が用いられることもあります。

残念ながら、アカバネ病に対する効果的な治療法は、他の多くのウイルス性疾病と同様に確立されていません。軽症例では自然に回復することもありますが、重症例では生存が困難な場合が多く、感染した仔獣は安楽死の対象となることが一般的です。

疾病の蔓延を防ぐためには、予防と制御が重要となります。ワクチン接種は、感受性動物の免疫を高め、感染時の被害を軽減する有効な手段の一つです。また、媒介昆虫の活動を抑制したり、媒介昆虫の生息域と家畜の移動を管理したりすることも理論的には有効ですが、広範囲での実行はしばしば困難を伴います。

疫学と関連

アカバネ病は、媒介昆虫であるC. brevitarsisの生息域や飛来状況によって、その重要性が異なります。特にオーストラリア北部地域などでは、このウイルスによる先天性異常は日常的な問題となっており、多くの牧場で神経障害や関節異常を持つ仔牛の出生が確認されています。これらの先天異常の原因として、アカバネウイルス感染が遺伝的要因や妊娠中の事故などを上回る割合を占めることが報告されています。

媒介昆虫であるC. brevitarsisは、ブルータング病などの他の媒介性疾病の伝播にも関与する可能性があるため、アカバネ病の発生状況や媒介昆虫の分布情報は、他の疾病対策においても貴重なデータとなり得ます。さらに、近縁ウイルスであるシュマレンベルクウイルスのヨーロッパでの流行は、Simbu血清群ウイルスの地理的な広がりや、新たな媒介者・宿主への適応の可能性を示唆しており、アカバネウイルスを含めたこのグループのウイルスの監視の重要性が増しています。

結論

アカバネオルソブニヤウイルスは、反芻動物の繁殖成績に甚大な影響を及ぼすウイルスであり、特に媒介昆虫の活動地域において重要な疾病です。効果的な治療法がないため、ワクチン接種や媒介昆虫対策を通じた予防が疾病管理の中心となります。近年の関連ウイルスの発生状況からも、国境を越えたウイルス伝播への警戒が必要です。

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