アルボウイルス

アルボウイルス

アルボウイルス（Arbovirus）とは、「Arthropod-borne virus」（節足動物媒介性ウイルス）に由来する名称で、昆虫やダニなどの節足動物の体内で増殖し、その吸血行動を介して鳥類や哺乳類といった脊椎動物へと伝播されるウイルス群の総称です。単純に節足動物がウイルスの運び屋となるだけの、体内での増殖を伴わない機械的な伝播をするウイルスは、このアルボウイルスには含まれません。

このウイルス群は非常に多様であり、およそ10のウイルス科に属するウイルスが含まれています。その中でも、ヒトに病原性を示すことが確認されている種類は100種を超え、世界中で様々な感染症の原因となっています。

伝播サイクルと特徴

アルボウイルスの感染サイクルは、媒介者である節足動物と宿主となる脊椎動物の間で行われます。まず、ウイルスを保有する脊椎動物を節足動物が吸血することで、ウイルスが節足動物の体内に取り込まれます。取り込まれたウイルスは、節足動物の体内で増殖し、唾液腺などに到達します。このプロセスには一定の期間（体外潜伏期）が必要で、この期間を経ることで節足動物は他の脊椎動物にウイルスを媒介する能力を獲得します。

媒介能力を持った節足動物が、感受性のある脊椎動物を吸血すると、ウイルスが脊椎動物の体内に注入され感染が成立します。感染した脊椎動物は、潜伏期間を経て血液中に多量のウイルスが出現する状態（ウイルス血症）となります。このウイルス血症の期間中に、まだウイルスを保有していない節足動物がこの脊椎動物を吸血することで、再びウイルスが節足動物の体内に取り込まれ、感染サイクルが維持されます。

感染した脊椎動物は、一般的に感染から回復するとウイルスに対する強い免疫を獲得することが知られています。

分布と流行パターン

アルボウイルスの分布や流行は、その媒介者である節足動物の生息域や活動状況に大きく依存します。蚊やダニなどが媒介するため、これらの節足動物が活発に活動する地域や時期に感染が広がりやすくなります。

熱帯地域では、媒介者の活動が年間を通じて活発なため、アルボウイルス感染症も通年見られる傾向があります。一方、温帯や寒帯地域では、媒介者の活動が主に温暖な季節に限られるため、夏期に流行が見られることが一般的です。

病原性と主な種類

アルボウイルス感染症は、発熱、頭痛、筋肉痛といった比較的軽症で済むものから、脳炎、髄膜炎、出血熱など、生命を脅かすほどの重篤な症状を引き起こすものまで様々です。特に、フラビウイルス科やブニヤウイルス科に属するアルボウイルスの中には、重い神経症状や出血傾向を伴う病気を引き起こす種類が多く含まれています。

ヒトに感染症を引き起こす代表的なアルボウイルスには、以下のようなものがあります。

トガウイルス科 アルファウイルス属
東部馬脳炎ウイルス
西部馬脳炎ウイルス
ベネズエラ馬脳炎ウイルス
チクングニアウイルス

フラビウイルス科 フラビウイルス属
デングウイルス
ジカウイルス
黄熱ウイルス
日本脳炎ウイルス
ウエストナイルウイルス
セントルイス脳炎ウイルス
マレーバレー脳炎ウイルス
ロシア春夏脳炎ウイルス
中央ヨーロッパダニ媒介性脳炎ウイルス
オムスク出血熱ウイルス
キャサヌール森林熱ウイルス
跳躍病ウイルス

ブニヤウイルス科
ラクロスウイルス
クリミア・コンゴ出血熱ウイルス
リフトバレー熱ウイルス
重症熱性血小板減少症候群(SFTS)ウイルス

これらのウイルスによって引き起こされる感染症は、地球温暖化や人の移動などにより、分布域が拡大する可能性も指摘されており、公衆衛生上重要な課題となっています。

関連事項

媒介者（ベクター）
増幅動物

参考文献

高島郁夫、熊谷進 編『獣医公衆衛生学第3版』文永堂出版、2004年。

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