アグニの神

芥川龍之介『アグニの神』：神託と少女の運命が交錯する異国情緒あふれる物語

『アグニの神』は、1921年、雑誌『赤い鳥』に発表された芥川龍之介の短編小説です。同誌掲載の最後の作品であり、他の作品とは異なり、作者自身の創作による純粋な童話として位置づけられています。ヒンドゥー教の火の神、アグニをタイトルに冠した本作は、東洋と西洋、そして神と現実が複雑に絡み合う、独特の雰囲気を持つ物語です。

物語の舞台は上海。2階に住むインド人の老婆は占い師として生計を立てています。ある日、アメリカ人商人が彼女を訪れ、日米戦争の時期を占うよう依頼します。最初は渋っていた老婆ですが、高額な前金を手にして態度を一変。アグニの神の加護があると豪語し、占いを引き受けます。

一方、老婆の家の下では、日本人の遠藤が様子を伺っています。彼は香港で消息を絶った日本領事の娘、妙子を探しており、老婆の家にいる少女が妙子ではないかと疑っているのです。遠藤の疑念は、老婆の占いの儀式に紛れ込んだ少女への執着へと変わります。

老婆は、少女にアグニの神が憑依したと偽り、占いの儀式を執り行います。その様子を盗み聞きしていた遠藤は、少女からの手紙を発見します。手紙には、彼女が神憑かりを装って父親のもとへ帰る計画が記されていました。

しかし、儀式は予想外の展開を迎えます。アグニの神の声と称する老婆の言葉は、少女を父親のもとへ返すよう促しますが、老婆はそれを拒絶。激昂した老婆はナイフを手に少女を襲撃しようとしますが、次の瞬間、自らナイフで胸を刺し、絶命します。

遠藤は部屋に突入し、計画の成功を少女に伝えますが、彼女は眠っていたため計画は失敗に終わります。そして、死んだ老婆を前に、少女は遠藤に殺害の疑いをかけますが、遠藤は「アグニの神が殺したのだ」と答えるのでした。

この物語は、占いと神託、そして少女の運命が複雑に絡み合い、読者に様々な解釈を許容する余地を残しています。アグニの神という存在が、老婆の策略か、それとも真に神がかり的な力なのかは曖昧なまま、物語は衝撃的な結末へと突き進んでいきます。

芥川龍之介の独特な作風は、この作品においても顕著に表れています。現実と幻想の境界が曖昧になり、読者は物語の背後に潜む深遠な意味を考えさせられます。短いながらも、多くの謎と余韻を残す『アグニの神』は、芥川龍之介の作品の中でも特筆すべき一作と言えるでしょう。

さらに、この作品は、単行本として『夜来の花』（新潮社）、『奇怪な再会』（金星堂）、童話集『三つの宝』（改造社）などに収録され、現在も広く読まれています。青空文庫などでも電子書籍として公開されているため、現代の読者も容易にアクセスすることが可能です。

なお、2011年には、芥川龍之介の他の作品と合わせて映画化もされています。多様なメディアを通して、この不思議な物語は人々に語り継がれています。

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