アスピディスカ

アスピディスカとは

アスピディスカ（Aspidisca）は、多様な原生生物が含まれる繊毛虫門の中でも、特に進化した形態を持つ下毛類（Hypotrichia）に分類される一群です。この仲間は体の腹側が平らで、腹面の繊毛が束となって太く硬い「棘毛（きょくもう）」と呼ばれる構造を形成する特徴を持ちます。アスピディスカ属においてはこの棘毛の発達が顕著で、他の下毛類に比べてその本数が極めて少なく、ごく太いものが十数本ほどしかないのが大きな特徴です。

形態

体の全体的な形状は楕円形をしており、体壁が硬いため変形しません。大きさは一般的に小型です。背面には畝（うね）のように盛り上がった、縦方向に走るはっきりとした隆起が見られます。腹面は平坦で、右側に口の周りの繊毛が集まった周口膜域（しゅうこうまくいき）があります。この周口膜域は細胞の長さ全体にわたって広がっていますが、途中で前後に二分されており、それぞれの領域は幅が狭くなっています。前方の領域は比較的小さく、後方の領域が大きいのが一般的で、細胞口はこの後方の周口膜域に続いて開いています。腹面には、体の前半部と後半部でわずかに形が異なる数本の太い棘毛が配置されています。

和名

アスピディスカ属、あるいは特定の種には和名がつけられています。かつては、代表的な種の一つである Aspidisca costata に対して「メンガタミズケムシ」という和名が用いられていました（水野, 1964）。この文献では属名としてはアスピディスカ属が採用されています。近年では、アスピディスカ属全体の別名、あるいは広く通用する和名として「メンガタミズケムシ」が使われることもあります（月井, 2010）。

生態

アスピディスカ属の繊毛虫は、主に淡水域に生息しています。例えば、Aspidisca costata は、池や沼、溝などの流れの少ない止水域でよく見られます（岡田他, 1976）。これらの生物は、腹面の平らな側を下にして、水底や基盤の上を這うように移動します。また、特筆すべきはその独特な運動方法です。腹面に発達した太い棘毛は、基盤を蹴るようにして体を推進させるのに役立ち、この棘毛の働きによって頻繁に跳躍する様子が観察されます。加えて、移動時には一定方向へ進むのではなく、絶えず体の向きを変えながら、まるでくるくると回転するかのような特徴的な動きを見せます（月井, 2010）。生息環境としては、腐植質が多く含まれる水域で非常によく発見されます。

分類と多様性

アスピディスカ属は、下毛類の中のアスピディスカ科（Aspidiscidae）に位置づけられています（岡田他, 1965; 水野, 1964）。本属には多くの種が知られており、形態的に類似しているため種の識別は時に困難です。図鑑などで頻繁に取り上げられる種としては、Aspidisca costata や Aspidisca turrita が挙げられます（岡田他, 1965; 水野, 1964; 水野・高橋, 1991）。これらの種は背面の隆起の数によって区別できる場合があり、例えば A. costata は背面に6本の隆起を持つ一方、A. turrita は1本のみです。なお、A. costata は分類学的な検討の結果、現在は Aspidisca cicada という学名が正しいとされています（月井, 2010）。他にも A. aculeata（背面の隆起4本）や A. sterini（背面の隆起なし）などの種が報告されています（月井, 2010）。現在、アスピディスカ属には全世界の淡水および海水域から、約30種が知られています。

参考文献：
水野壽彦、『日本淡水プランクトン図鑑』、(1964)、保育社
岡田要他、『新日本動物圖鑑〔上〕』、(1965)、図鑑の北隆館
水野寿彦・高橋永治編、『日本淡水動物プランクトン検索図鑑』、(1991)、東海大学出版会
月井雄二、『原生生物 ビジュアルガイドブック 淡水微生物図鑑』、(2010)、誠文堂新光社

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