アダムとイヴ (ティツィアーノ)

ティツィアーノ作『アダムとイヴ』の詳細解説

ティツィアーノ・ヴェチェッリオによる絵画『アダムとイヴ』は、盛期ルネサンスのヴェネツィア派を代表する作品の一つです。この油彩画は、旧約聖書「創世記」に登場するアダムとイヴの物語を主題としています。ティツィアーノは、古代の彫刻などを参考に独自の図像を作り上げ、鮮やかな色彩の風景の中に二人の姿を描き出しました。制作年や注文主は不明ですが、1550年頃の作品と考えられています。バロックの巨匠ピーテル・パウル・ルーベンスが模写したことでも知られ、原画と模写ともにマドリードのプラド美術館に所蔵されています。

主題：エデンの園での誘惑

「創世記」によると、神はエデンの園でアダムを創造し、「園の木の実を自由に食べて良いが、知恵の木の実は食べてはならない」と命じました。その後、神はアダムの肋骨からイヴを創造し、アダムの妻としました。しかし、蛇にそそのかされたイヴは、知恵の木の実をアダムに与え、二人でそれを食べてしまいます。神は、この禁を破った二人に怒り、エデンの園から追放しました。この絵画は、まさにその禁断の果実を食べる瞬間の物語を描いています。

作品の構成

ティツィアーノは、聖書の記述に基づき、物語を忠実に視覚化しています。画面左にはアダムが座り、右にはイヴが立っています。知恵の木には半身半蛇の姿をした蛇が描かれ、イヴは蛇に誘惑されて知恵の木の実を受け取ろうとしています。それに対し、アダムはイヴを制止しようとする様子が描かれています。知恵の木の実には、伝統にのっとりリンゴが用いられています。二人の下半身は、不自然に伸びたイチジクの枝葉で覆われています。イヴの足元にはキツネが描かれており、悪徳と欲望を象徴しています。

制作の源泉と影響

ティツィアーノは、ラファエロ・サンツィオのフレスコ画『アダムとイヴ』から、座像のアダムと立像のイヴを組み合わせる着想を得ています。アダムのポーズは、古代ローマの彫刻『瀕死のガリア人』に由来し、1550年代のティツィアーノの他の作品にも見られます。イヴが果実を受け取るポーズは、『ファルネーゼの牡牛』の彫刻に登場するディルケがモデルとなっています。また、アルブレヒト・デューラーの版画『アダムとイヴ』との関連性も指摘されています。イヴの顔に影を落とす演出は、ティツィアーノの初期作品や、彼の弟とされるフランチェスコ・ヴェチェッリオの作品にも見られ、劇的な効果を生み出しています。

制作過程と修正

X線調査によると、ティツィアーノは制作中に構図を大きく変更したことが分かっています。当初、アダムは身体をイヴの側に向けていましたが、現在の正面向きの姿に修正されました。イヴの左腕も当初はもっと低い位置にありましたが、蛇に誘惑される様子を強調するために変更されました。同様に、蛇の位置も変更されています。これらの修正は、イヴが自ら進んで禁断の果実を取ったのではなく、蛇に誘惑された結果であることを明確に示すためでした。しかし、ティツィアーノが彫刻作品に忠実すぎたため、構図上の問題も残りました。アダムの下半身を覆うために不自然なイチジクの葉が追加され、画面全体の調和を損ねた部分もあります。ルーベンスは、この作品を模写する際に、アダムのポーズを元の構図に近づけ、イチジクの葉を取り除くなどの修正を加えました。その結果、ルーベンスの模写は、ティツィアーノのオリジナルを超える傑作と評されています。

来歴

絵画の制作年と注文主は不明ですが、ゴンザロ・ペレスの所有を経て、1573年から1585年にかけて、アントニオ・ペレスが所有していたことが確認されています。アントニオ・ペレスは、殺人容疑で逮捕された後に、この絵画を手放し、フェリペ2世のコレクションとなりました。その後、アルカサルの聖具室に飾られ、ルーベンスが1628年から1629年にアルカサルに滞在した際に模写されました。1734年の火災で損傷した後に修復され、ブエン・レティーロ宮殿、新宮殿を経て、1827年にプラド美術館に所蔵されました。ルーベンスの模写も後にスペイン王室のコレクションに加わっています。

脚注

* プラド美術館公式サイト, ティツィアーノ・ヴェチェッリオ『アダムとイヴ』

プラド美術館公式サイト, ティツィアーノ・ヴェチェッリオ『アダムとイヴ』

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