アドルフ・サックス

アントワーヌ・ジョゼフ・アドルフ・サックスの生涯と業績

アントワーヌ・ジョゼフ・アドルフ・サックス（Antoine Joseph Adolphe Sax, 1814年 11月6日 - 1894年 2月4日）は、19世紀を代表するベルギーの楽器製作者です。彼は、サクソフォーン（Saxophone）やサクソルン（Saxhorn）といった、今日広く知られる管楽器を考案・製作したことで、音楽史にその名を刻んでいます。

生い立ちと楽器製作の道へ

サックスは、ベルギーのディナンで生まれました。父シャルル＝ジョセフ・サックスもまた楽器製作者であり、ホルンの設計に貢献していました。幼い頃から楽器製作に親しんでいたアドルフは、15歳にしてフルートとクラリネットをコンペティションに出展し、入賞を果たすなど、その才能を早くから開花させていました。

ブリュッセルで楽器製作を学んだ後、本格的に楽器製作の道へと進みます。20歳の時には、バスクラリネットの設計で特許を取得するなど、その技術力は早くも注目を集めました。

パリでの活躍と数々の発明

1841年、サックスは永住の地となるパリに移住します。ここで彼は、バルブ機構付きの金管楽器の開発で名声を確立しました。1844年には、後にサクソルンとして知られるようになる、キー付きのビューグルを展覧会に出展しました。この楽器はサックス自身の発明ではありませんでしたが、彼の手によって改良が加えられ、より優れた楽器へと進化を遂げました。サクソルンは、7種類の異なる管を持ち、ユーフォニアムに似た外観をしていました。また、この楽器の開発は、後にフリューゲルホルンの発明へと繋がっていきます。さらに、1845年にはサクソトロンバという金管楽器も発明しましたが、こちらは短命に終わりました。

1840年代には、サックスの名を世界に知らしめることになるサクソフォーンが発明されました。サクソフォーンの基礎となる発明の特許は1838年に取得されていましたが、楽器としての特許が認められたのは1846年のことです。この頃には、ソプラノ・サクソフォーンからバス・サクソフォーンまで、今日に連なるサクソフォーン属が開発され、その音色は瞬く間に音楽界を魅了しました。

訴訟と晩年

サックスは、生涯を通じて楽器製作とパリ音楽院でのサクソフォーン教育に携わりました。しかし、彼のライバルである楽器製作者たちは、サックスの特許の正当性を繰り返し攻撃し、長期にわたる訴訟を仕掛けました。この訴訟の影響で、サックスは1856年と1873年の2度にわたり破産を経験します。長年の法廷闘争は、サックスの健康を蝕み、1853年と1858年には癌のために入院を余儀なくされました。しかし、彼の情熱は衰えることなく、楽器製作と教育活動を続けました。

サックスの死後、パリ音楽院教授職の後任にマルセル・ミュールが就任したことで、サクソフォーンの地位は飛躍的に向上し、その価値が広く認識されるようになりました。

1894年、サックスはパリで息を引き取り、モンマルトル墓地に埋葬されました。彼の功績を称え、1936年には小惑星番号3534の小惑星が「サックス (Sax)」と命名されています。

サックスの遺産

サックスの生涯は、楽器製作への情熱と、度重なる困難との闘いでした。彼の発明したサクソフォーンは、ジャズ、クラシック、ポップスなど、幅広いジャンルで愛用され、現代音楽に欠かせない楽器となっています。サックスは、革新的な楽器を生み出しただけでなく、音楽の世界に新たな可能性をもたらした人物として、その名は後世に語り継がれていくでしょう。

参考文献

Malou Haine, 1980, Adolphe Sax, Editions Université Bruxelles: Bruxelles.
Jean-Pierre Thiollet, 2004, Sax, Mule & Co, H & D: Paris ISBN 2914266030