アビゲイル・メイシャム
アビゲイル・メイシャムは、近世イギリスの歴史において、アン女王の宮廷で大きな影響力を持った女性です。1670年に生まれ、1734年12月6日にその生涯を終えました。ステュアート朝最後の君主であるアン女王に仕え、特に女王の晩年において、その側近として重要な役割を果たしました。
旧姓をアビゲイル・ヒルといい、ロンドン商人の父フランシス・ヒルと、後にマールバラ公爵夫人となる高名なサラ・ジェニングスの叔母エリザベスを母として生まれました。しかし、生家は経済的に恵まれず困窮したため、アビゲイルは一時的にサー・ジョン・リヴァースのもとで奉公生活を送ることを余儀なくされました。その境遇を見かねた従妹のサラ・ジェニングスに引き取られ、彼女の家族と共に養育されました。1702年にアンがイギリス女王として即位すると、サラの斡旋によって、アビゲイルは寝室係女官として宮廷に入ることができました。
宮廷入りした当初、アビゲイルは従妹の庇護下にありましたが、アン女王と長年の側近であったサラ・ジェニングスとの関係が徐々に変化するにつれて、彼女の立場も変わっていきました。1704年頃から、マールバラ公爵の妻となったサラが宮廷を離れることが増え、女王との間に距離が生じ始めました。控えめで物静かな性格であったアビゲイルは、そのような状況下でもアン女王の身の回りの世話を献身的に行い、女王の個人的な信頼を次第に得るようになりました。これにより、アビゲイルはサラに代わる形でアンの側近としての地位を確立していきました。
この頃、イギリスではスペイン継承戦争が続いており、マールバラ公ジョン・チャーチルは大陸での遠征軍を率いていました。その一方で、国内の政権を支えていた大蔵卿シドニー・ゴドルフィンとマールバラ公夫妻はホイッグ党と連携していました。しかし、アン女王自身は伝統的にトーリー党を好んでいました。アビゲイルがアンの側近として台頭すると、この状況を看過できなかったトーリー党の指導者であるロバート・ハーレーは、アビゲイルに接近し、彼女を介してアン女王との間に直接的な政治的なパイプを築こうと画策しました。
1707年、アビゲイルはアン女王の夫であるカンバーランド公ジョージの侍従を務めていたサミュエル・マサムと結婚しました。この結婚に際し、アン女王はアビゲイルに持参金を提供して祝福しましたが、従妹のサラは結婚式に招待されなかったばかりか、しばらくの間その事実すら知らされませんでした。この出来事は、アビゲイルとサラの間で立場が逆転し始めていることを明確に示し、二人の関係は決定的に悪化しました。
1708年にロバート・ハーレーが一度下野した後も、アビゲイルは女王との連絡を維持し、ハーレーとの連携を継続しました。サラとアン女王の関係はさらに冷え込み、ハーレーによるゴドルフィン政権転覆に向けた工作は着実に進んでいきました。そして1710年、アビゲイルの弟であるジョン・ヒルが軍人として異例の昇進を果たしたことを契機の一つとして、ゴドルフィン政権は崩壊しました。長年宮廷で強い影響力を持っていたサラ・チャーチルは宮廷から追放され、ゴドルフィンも更迭されました。これにより、アン女王の意向に沿う形で、ロバート・ハーレーを中心とするトーリー党政権が成立しました。
翌1711年、アビゲイルはかつてサラが務めていた王室歳費管理官に任命され、エリザベス・シーモアと共にアン女王の最も信頼する側近の一人となりました。しかし、ハーレーが大蔵卿として政権を運営する中で、トーリー党内部ではヘンリー・シンジョン（後のボリングブルック子爵）がハーレーに対抗する動きを見せ始めました。シンジョンがケベック遠征を計画し、その陸軍司令官にアビゲイルの弟であるジョン・ヒルを指名したことから、アビゲイルはハーレーから離れ、シンジョンを支持する立場に切り替えていきました。
1712年には、ハーレーの肝煎りで夫サミュエルが男爵に叙せられましたが、アビゲイルのシンジョン寄りの姿勢は変わりませんでした。1714年、ついにハーレーは大蔵卿を罷免されました。同年、アン女王が崩御すると、アビゲイルは全ての官職から辞任し、宮廷を離れて静かに暮らしました。1734年に亡くなるまで、政界の中心から遠ざかっていました。
アン女王の死後、政局は大きく変動しました。かつて権勢を誇ったハーレーとシンジョンの立場は悪化し、アン女王の遠縁にあたるハノーファー選帝侯ゲオルク・ルートヴィヒがイギリス王ジョージ1世として即位しました。ジョージ1世の支持を背景に勢いを取り戻したホイッグ党の攻勢により、ハーレーらは政界から追放されることになります。一方、トーリー党の弾劾を受けて大陸へ亡命していたマールバラ公夫妻はイギリスへの帰国が許されました。サラ・チャーチルは宮廷への復帰は叶いませんでしたが、ハノーヴァー朝の下で王家と親密な関係を保つこととなりました。アビゲイルの夫サミュエルは1758年まで生き、その爵位は息子のサミュエルが継承しましたが、1776年の息子の死により、マサム男爵の爵位は消滅しました。アビゲイル・メイシャムは、自身の控えめな性格とは裏腹に、アン女王の寵愛を得てイギリスの政局に少なからぬ影響を与えた人物として歴史に名を残しています。
旧姓をアビゲイル・ヒルといい、ロンドン商人の父フランシス・ヒルと、後にマールバラ公爵夫人となる高名なサラ・ジェニングスの叔母エリザベスを母として生まれました。しかし、生家は経済的に恵まれず困窮したため、アビゲイルは一時的にサー・ジョン・リヴァースのもとで奉公生活を送ることを余儀なくされました。その境遇を見かねた従妹のサラ・ジェニングスに引き取られ、彼女の家族と共に養育されました。1702年にアンがイギリス女王として即位すると、サラの斡旋によって、アビゲイルは寝室係女官として宮廷に入ることができました。
宮廷入りした当初、アビゲイルは従妹の庇護下にありましたが、アン女王と長年の側近であったサラ・ジェニングスとの関係が徐々に変化するにつれて、彼女の立場も変わっていきました。1704年頃から、マールバラ公爵の妻となったサラが宮廷を離れることが増え、女王との間に距離が生じ始めました。控えめで物静かな性格であったアビゲイルは、そのような状況下でもアン女王の身の回りの世話を献身的に行い、女王の個人的な信頼を次第に得るようになりました。これにより、アビゲイルはサラに代わる形でアンの側近としての地位を確立していきました。
この頃、イギリスではスペイン継承戦争が続いており、マールバラ公ジョン・チャーチルは大陸での遠征軍を率いていました。その一方で、国内の政権を支えていた大蔵卿シドニー・ゴドルフィンとマールバラ公夫妻はホイッグ党と連携していました。しかし、アン女王自身は伝統的にトーリー党を好んでいました。アビゲイルがアンの側近として台頭すると、この状況を看過できなかったトーリー党の指導者であるロバート・ハーレーは、アビゲイルに接近し、彼女を介してアン女王との間に直接的な政治的なパイプを築こうと画策しました。
1707年、アビゲイルはアン女王の夫であるカンバーランド公ジョージの侍従を務めていたサミュエル・マサムと結婚しました。この結婚に際し、アン女王はアビゲイルに持参金を提供して祝福しましたが、従妹のサラは結婚式に招待されなかったばかりか、しばらくの間その事実すら知らされませんでした。この出来事は、アビゲイルとサラの間で立場が逆転し始めていることを明確に示し、二人の関係は決定的に悪化しました。
1708年にロバート・ハーレーが一度下野した後も、アビゲイルは女王との連絡を維持し、ハーレーとの連携を継続しました。サラとアン女王の関係はさらに冷え込み、ハーレーによるゴドルフィン政権転覆に向けた工作は着実に進んでいきました。そして1710年、アビゲイルの弟であるジョン・ヒルが軍人として異例の昇進を果たしたことを契機の一つとして、ゴドルフィン政権は崩壊しました。長年宮廷で強い影響力を持っていたサラ・チャーチルは宮廷から追放され、ゴドルフィンも更迭されました。これにより、アン女王の意向に沿う形で、ロバート・ハーレーを中心とするトーリー党政権が成立しました。
翌1711年、アビゲイルはかつてサラが務めていた王室歳費管理官に任命され、エリザベス・シーモアと共にアン女王の最も信頼する側近の一人となりました。しかし、ハーレーが大蔵卿として政権を運営する中で、トーリー党内部ではヘンリー・シンジョン（後のボリングブルック子爵）がハーレーに対抗する動きを見せ始めました。シンジョンがケベック遠征を計画し、その陸軍司令官にアビゲイルの弟であるジョン・ヒルを指名したことから、アビゲイルはハーレーから離れ、シンジョンを支持する立場に切り替えていきました。
1712年には、ハーレーの肝煎りで夫サミュエルが男爵に叙せられましたが、アビゲイルのシンジョン寄りの姿勢は変わりませんでした。1714年、ついにハーレーは大蔵卿を罷免されました。同年、アン女王が崩御すると、アビゲイルは全ての官職から辞任し、宮廷を離れて静かに暮らしました。1734年に亡くなるまで、政界の中心から遠ざかっていました。
アン女王の死後、政局は大きく変動しました。かつて権勢を誇ったハーレーとシンジョンの立場は悪化し、アン女王の遠縁にあたるハノーファー選帝侯ゲオルク・ルートヴィヒがイギリス王ジョージ1世として即位しました。ジョージ1世の支持を背景に勢いを取り戻したホイッグ党の攻勢により、ハーレーらは政界から追放されることになります。一方、トーリー党の弾劾を受けて大陸へ亡命していたマールバラ公夫妻はイギリスへの帰国が許されました。サラ・チャーチルは宮廷への復帰は叶いませんでしたが、ハノーヴァー朝の下で王家と親密な関係を保つこととなりました。アビゲイルの夫サミュエルは1758年まで生き、その爵位は息子のサミュエルが継承しましたが、1776年の息子の死により、マサム男爵の爵位は消滅しました。アビゲイル・メイシャムは、自身の控えめな性格とは裏腹に、アン女王の寵愛を得てイギリスの政局に少なからぬ影響を与えた人物として歴史に名を残しています。
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