アブドゥーラ・イブラヒム

アブドゥーラ・イブラヒム：南アフリカが生んだジャズの巨匠

アブドゥーラ・イブラヒム（Abdullah Ibrahim、1934年 10月9日生まれ）は、南アフリカ共和国出身のピアニスト、作曲家です。かつてはダラー・ブランド（Dollar Brand）として知られていました。

生い立ちと音楽的背景

ケープタウンの港湾地域で育ったイブラヒムは、幼い頃から多様な音楽に囲まれて育ちました。伝統的なアフリカの歌、ゴスペル、ラーガ、そしてモダンジャズや西洋音楽など、様々な音楽が彼の感性を刺激しました。彼の音楽は、これらの幼少期の経験を色濃く反映しています。特にジャズにおいては、セロニアス・モンクとデューク・エリントンの影響が顕著に見られます。彼は、南アフリカ独自のジャズであるケープ・ジャズの重鎮として、その地位を確立しました。ジャズ・シンガーのサティマ・ビー・ベンジャミンを妻に持ち、息子はニューヨークのアンダーグラウンド・シーンで活躍するジーン・グレイです。

キャリアの初期

1959年から1960年にかけて、イブラヒムはソフィアタウンでキッピー・ムケッツィやヒュー・マセケラと共にジャズ・エピッスルズを結成し、演奏活動を行いました。1960年には、南アフリカの黒人ミュージシャンとして初めてジャズのLPレコードを録音するという偉業を達成。その後、ミュージカル『キングコング』のヨーロッパ・ツアーに参加し、国際的な舞台へと進出しました。

ヨーロッパへの移住とエリントンとの出会い

1962年、イブラヒムはヨーロッパへ拠点を移します。1963年2月、彼はサティマ・ビー・ベンジャミン（1965年に結婚）と共に、チューリッヒに滞在していたデューク・エリントンに、当時「ダラー・ブランド・トリオ」としてチューリッヒの「アフィリカーナ・クラブ」で演奏していたイブラヒムの演奏を聴きに来るよう説得しました。ショーの後、エリントンはリプリーズ・レコードでのレコーディング・セッションを手配し、イブラヒムはアルバム『デューク・エリントン・プレゼンツ・ダラー・ブランド・トリオ』を録音する機会を得ました。さらに、エリントンとビリー・ストレイホーンがピアノで参加し、妻のベンジャミンがボーカルを務めた第二弾の録音も行われましたが、1996年まで公開されることはありませんでした。この作品は現在、アルバム『ア・モーニング・イン・パリ』としてサティマ・ビー・ベンジャミンの名義で発表されています。その後、ダラー・ブランド・トリオ（ジョニー・ゲーツがベース、マカヤ・ンショコがドラム）は、ヨーロッパの多くのフェスティバルで演奏し、ラジオやテレビにも出演しました。

南アフリカへの帰還とケープ・ジャズの確立

イスラム教への改宗後、1970年代中盤にイブラヒムは一時的に南アフリカへ帰国。これを機に、ダラー・ブランドからアブドゥーラ・イブラヒムへと改名しました。しかし、不安定な政治情勢を目の当たりにし、1976年にはすぐにニューヨークへと戻ります。その短い滞在期間中に、彼は著名なケープタウンのミュージシャン（バジル・コージーやロビー・ジャンセンなど）といくつかの優れた録音を残しました。これらの独創的な録音は、ケープ・ジャズという新しいサウンドを確立する上で大きな力となりました。「Mannenberg」（アメリカでのリリース時は「Capetown Fringe」）や、南アフリカで有名な作曲である「Black lightning」、「African Herbs」、「Soweto Is Where It Is At」はこの時期の代表的な楽曲です。これらの楽曲は、ストリートや黒人地区のサウンドを反映しており、特に「Mannenberg」は「非公式の南アフリカの国歌」、反アパルトヘイト運動の旋律と見なされるほどになりました。

その後の活動

1980年代初頭には、サクソフォーン奏者でフルート奏者のカルロス・ワードがサイドマンとしてイブラヒムとデュエットで演奏しています。また、イブラヒムは『Chocolat』（1988年）や『No Fear No Die』（1990年）など、数多くの映画で音楽を担当しました。アパルトヘイト終焉後、彼はケープタウンに戻り、世界各国でのコンサートや、ニューヨーク、南アフリカでの活動を続けています。さらに、2002年のドキュメンタリー映画『Amandla! A Revolution in Four-Part Harmony』にも出演し、アパルトヘイト時代を振り返りました。

近年では、ソロ・ピアニストとして、曲間の休止を挟まずに連続して演奏するスタイルで観客を魅了しています。彼の演奏には、古いマラビの演奏者の力強さ、クラシックの印象派の作曲家、そして彼のヒーローであったデューク・エリントンやファッツ・ウォーラーからの影響が見られます。また、トリオやカルテット、大勢のジャズオーケストラとの演奏も精力的に行っています。1990年代に南アフリカへ戻ってからはオーケストラとの共演も多く、ネルソン・マンデラ大統領の就任式でも演奏を披露しました。音楽教育にも力を入れており、ケープタウンのミュージシャンのために「M7」音楽学校を創設。2006年9月には、18人編成のビッグバンドであるケープタウン・ジャズ・オーケストラを創設しました。

イブラヒムの楽曲「African Marketplace」は広く親しまれており、スウェーデン共産党が演説や会議の際に使用するほどです。彼はヨーロッパを中心に、国際的な活動を続けています。2010年6月26日には、NHK-BSのドキュメンタリー番組に出演し、南アフリカの美しい7つの場所で自身の楽曲を演奏しました。ピアノを地面に直接置き、壮大な自然環境と音楽を共鳴させるという演出が話題を呼びました。2020年には、旭日双光章を受章しています。

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