アポロンの嘲笑

アポロンの嘲笑

『アポロンの嘲笑』は、作家・中山七里による推理小説で、東日本大震災からわずか5日後の福島県を舞台にしています。この物語は、事件を追う刑事・仁科忠臣と、その被疑者である加瀬邦彦の2つの視点から交互に進行し、緊迫感に満ちた逃走劇を織り成します。

執筆の背景

著者の中山は、震災から約2年後の状況を受けて、この作品の構想を練り始めました。震災当時のリアリティが薄れていると感じ、編集者から与えられた「クローズド・サークル」というテーマを通じて、この時期の日本を“密閉された空間”として捉えました。その中で目的を持った男の逃走劇を描くことを決意しました。また、震災の影響が大きすぎたため、記録の残らない“感情”を作り手として形にすることを使命と感じ、当時の日本人の混乱や怒りを意識しながら筆を進めたと述べています。

物語の概要

物語は2011年3月16日、東日本大震災直後の混乱の中、福島県石川郡平田村の金城家において、長男の金城純一が刺殺されるという衝撃的な事件から始まります。事件の発生を知った巡査の友井が現場に急行した際、純一は死亡しており、邦彦が彼に覆いかぶさっていた状況でした。福島県警は、震災や津波による影響で混乱している中、刑事の仁科忠臣と同僚の城田が事件の捜査を任命されます。

邦彦は素直に事実確認に応じながらも、突如として逃亡を図ります。この逃走劇は、被害者の家族との関係や、震災の影響が色濃く出る混乱の中で進行します。仁科は、逃走した邦彦を追いかけつつ、金城家の複雑な感情に触れ、何が真実なのかを模索します。特に父親の和明が、息子の殺害者に対して謝罪する姿は、衝撃的な場面として描かれ、被害者の家族の心の葛藤が浮き彫りになります。

捜査が進む中、仁科は邦彦の過去についても調査を進めます。彼が阪神・淡路大震災で両親を亡くし、叔父に引き取られた経験などが明らかになり、彼への見方が変わっていく様子が描かれています。事件の裏には、事故や混乱の中で進行するさまざまな人間ドラマが横たわり、登場人物たちの思惑が交錯します。

登場人物

物語には多くのキャラクターが登場し、それぞれが事件に対する異なる視点を持っています。仁科忠臣は冷静かつ直感的な捜査官であり、彼の家族も震災の影響を受けています。加瀬邦彦は若く複雑な過去を持ち、事件の鍵を握る重要なキャラです。また、金城家の人々や警察の同僚たちも絡んで、物語に厚みを持たせています。

書評

書評家の杉江松恋は、本作において中山は現実の地名や震災に関する事実を内包することで、その記憶を風化させず、読者に警鐘を鳴らす試みを評価しています。中山の作品は、松本清張や水上勉と比肩するほどの繊細さと深さを持ち、事件の背後に隠された人間の本質を鋭く描き出すものとなっています。

『アポロンの嘲笑』は、単なるミステリーに留まらず、震災後の日本社会に潜む様々な人間ドラマを映し出す作品として、多くの読者に衝撃と感動を与えています。

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