アリと巨人

アリと巨人：手塚治虫が描く、友情と裏切りの物語

手塚治虫による漫画作品『アリと巨人』は、1961年から1962年にかけて『中学一年コース』と『中学二年コース』に連載されました。学習研究社刊行の学年誌に掲載された本作は、作者の手塚治虫が自身の好きなように創作できたと語るほど、自由な表現が特徴です。当初はクスノキと動物のファンタジックな物語を構想していたものの、主人公二人の行動によって、社会派作品へと変化していきました。

物語の舞台：故郷と巨大なクスノキ

物語は、戦災孤児であるマサやん、ムギやんという二人の親友から始まります。彼らは成長する過程で、大きく異なる道を歩むことになります。マサやんは新聞記者となり、ムギやんはヤクザの世界へと足を踏み入れます。物語の中心となるのは、樹齢500年を超える巨大なクスノキです。このクスノキは、マサやん、ムギやんにとっての親代わりであり、物語全体を見守る象徴的な存在として描かれています。また、このクスノキは物語における「巨人」を象徴し、その下で蠢く人間たちを「アリ」として対比させることで、人間の愚かさや社会構造への批判が暗示されています。

菅沼事件と二人の運命

物語の中核となるのは、××党の菅沼書記長の殺害事件です。ムギやんは、依頼を受けて菅沼書記長を事故に見せかけて殺害します。この事件が、かつて親友だったマサやん、ムギやんの運命を再び交差させることになります。マサやんは新聞記者として事件を追及する中で、犯人につながる手がかりを発見するものの、ムギやんの組織に捕らえられ、角膜を傷つけられて視力を失ってしまいます。

友情、裏切り、そして贖罪

視力を失ったマサやんは、はるみの協力を得て事件の目撃者を見つけ出し、犯人のモンタージュを作成。犯人は全国指名手配となります。一方、ムギやんはアメリカへ逃亡しようとします。はるみはムギやんが指名手配されていることを知りながらも、その事実をマサやんに告げず、マサやんの協力を得て、ムギやんを空港まで送り届けます。ムギやんが搭乗した飛行機が飛び立った後、はるみから真相を知らされたマサやんは、犯人逃亡幇助の罪で自首します。

角膜移植と再会

数年後、角膜移植手術によって視力を取り戻したマサやんは、新聞でムギやんそっくりのアメリカ人ジョージ・Mの訪日を知り、彼と再会します。ジョージ・Mは、ムギやん本人でした。ムギやんは、故郷に兵器工場を建設し、成功を収めようとしていました。マサやんは故郷の村に戻り教師となりますが、村では兵器工場建設への期待感が高まっていました。しかし、工場で製造されたロボットミサイルの事故により、多くの犠牲者が出ます。そして、台風と土石流によって、村と工場は壊滅状態になります。

自然の力と人間の愚かさ

この災害の中で、マサやんたちはクスノキのある丘に避難し、難を逃れます。ムギやんは工場と共に命を落とします。この結末は、人間の傲慢さと自然の力、そして友情と裏切りの複雑な感情が絡み合った物語の終止符となります。クスノキは、最後までマサやんたちを見守り続け、物語全体を通して、自然の力と人間の愚かさを対比的に描き出しています。

手塚治虫作品における重要な一作

『アリと巨人』は、単なる少年漫画の枠を超えた、社会派作品として高く評価されています。友情、裏切り、贖罪、そして自然の力といったテーマが複雑に絡み合い、読者に深い感動と余韻を残します。手塚治虫の幅広い表現力と、社会に対する鋭い洞察が凝縮された、重要な一作と言えるでしょう。

もう一度検索