アルキビアデスI

プラトン『アルキビアデスI』：若き指導者への哲学的誘い

『アルキビアデスI』は、プラトン名義で伝えられる対話篇の一つです。ソクラテスと、後にアテナイの卓越した政治家・軍事指導者となるアルキビアデスの最初の出会いを描いた作品として知られています。本篇は『アルキビアデスII』の約2倍の長さを持つことから、『アルキビアデス（大）』とも呼ばれます。プラトンの真作であるかについては議論がありますが、『アルキビアデスII』に比べ、真作の可能性が高いとされています。

登場人物と舞台設定: 40歳頃のソクラテスと、20歳前後の若きアルキビアデスが主な登場人物です。アテナイの華麗な若者として知られるアルキビアデスは、自信に満ち溢れ、周囲を圧倒する魅力を持っています。対話篇は、ソクラテスのアルキビアデスへの最初の接触という場面から始まります。ソクラテスは、これまで「ダイモーン」（守護霊）の導きによってアルキビアデスに話しかけるのを控えていたものの、今やその制約が解かれたことを告げ、アルキビアデスの自信の源泉を探るべく、問答を始めます。

問答劇の展開: ソクラテスは、アルキビアデスが外見、家柄、富といった恵まれた環境に安住せず、全ギリシア、さらには世界的な名声と権力を希求している野心家であることを指摘します。そして、その野望を達成するためにソクラテス自身の助言が不可欠であると説き、哲学への誘いを開始します。

ソクラテスは、アルキビアデスの国政進出への意欲に触れ、彼が政治について本当に理解しているのかを厳しく問い詰めます。アルキビアデスは、文字、音楽、レスリングといった限られた知識しか持ち合わせていないにもかかわらず、戦争や国家運営について助言できると主張します。

続く問答では、「正義」と「不正」といった概念についてのアルキビアデスの無知が浮き彫りになります。アルキビアデスは、これらを「世間の多くの人々」から学んだと主張しますが、ソクラテスは、世間の意見が一致しないような専門的な知識は、多くの人々から学ぶことは不可能だと論破します。ソクラテスは、アルキビアデスが「正義」や「不正」といった重要な概念を理解していないことを明らかにし、「無知の知」、つまり自身の無知を自覚することの重要性を説きます。

さらに、ソクラテスは「正義」と「利益」の関係性についてアルキビアデスと議論を深めます。「正義」は必ずしも「利益」に直結するとは限らないというアルキビアデスの考えに対し、ソクラテスは巧みな議論によって、「正義」と「利益」は究極的には一致すると結論付けます。この議論を通して、アルキビアデスの知識の欠如と、自身の無知への無自覚が改めて示されます。

「魂」の探求: 後半では、「魂」と「身体」の区別が持ち出され、人間の真の本質は「魂」にあることが説かれます。ソクラテスは、アルキビアデスの魅力は彼の外見（身体）ではなく、彼の「魂」にあると主張します。そして、「魂」の育成こそが、真の幸福への道であると説き、「汝自身を知れ」というデルポイの神託の真の意味を解き明かします。

「思慮の健全さ」と幸福: ソクラテスは、「思慮の健全さ（ソープロシュネー）」の重要性を強調します。それは、自己認識を通して「魂」を磨き上げることによって得られるものであり、それによってこそ、個人としても国家としても幸福を築き上げることができる、と説きます。

結末: 最終的に、アルキビアデスはソクラテスの教えを受け入れることを決意します。しかし、ソクラテスは、アテナイという腐敗した社会の中で、アルキビアデスの未来が必ずしも明るいとは限らないことを示唆して、対話篇は幕を閉じます。

作品の位置付け: 『アルキビアデスI』は、内容・構成において初期対話篇『カルミデス』に似ていますが、より「教授」的なソクラテス像が描かれています。また、『国家』の一部とも関連性が指摘されています。簡潔な内容ゆえに偽作説も存在しますが、哲学入門書として高く評価され、新プラトン主義者らによって注釈が書かれたことからも、その影響力の大きさが伺えます。本作品は、ソクラテスの哲学的探求と、若きアルキビアデスの内面を深く掘り下げることで、普遍的な人間性や国家のあり方について、読者に深く考えさせる作品となっています。

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