アルシン

アルシン：猛毒のヒ素化合物

アルシン(AsH3)は、ヒ素と水素が結合した無色の気体化合物です。水素化ヒ素、ヒ化水素とも呼ばれ、特徴的なニンニク臭を持ちますが、この臭いは不純物であるテルルに由来するとも言われています。分子量は77.95で、融点は-116℃、沸点は-62℃と低いため、常温常圧下では気体として存在します。

アルシンの性質

アルシンの分子構造は[アンモニア]に似ていますが、水素原子の結合角はアンモニアよりも小さく、ほぼ直角に近い角度となっています。極性溶媒には溶けやすい一方、有機溶媒には溶けにくい性質を持っています。アンモニアが水素結合を形成するのに対し、アルシンは水素結合を形成しません。これは、ヒ素の電気陰性度(2.0)が水素(2.1)と近いため、大きな極性が生じないためです。

アルシンは強い[還元]]作用を示し、硝酸銀][[水溶液と反応して銀を遊離します。その反応式は以下の通りです。


As + 3H⁺ + 3e⁻ = AsH₃


濃厚な[硝酸]]銀水溶液では、ヒ化銀を含む黄色の複塩(Ag3As・3AgNO3)が沈殿します。この強い還元性から、強力な酸化剤とは爆発的に反応する危険性があり、引火・爆発の危険性も伴います。空気中で燃焼させると、水と三酸化ヒ素]を生成します。また、アルシンは比較的不安定な[[化合物であり、熱、光、水分によって容易に分解し、ヒ素と水素を生成します。

アルシンの毒性

アルシンはヒトにとって非常に強い毒性を持ち、アメリカ合衆国産業衛生専門家会議(ACGIH)の勧告では、許容濃度は時間加重平均濃度で0.005ppmと非常に低く設定されています。大量に吸入すると、血液や腎臓に深刻な影響を与え、死に至る危険性があります。症状の発現には数時間から数日かかる場合もあり、医学的な経過観察が必要です。

アルシンの合成

アルシンは、例えばヒ化カルシウム(Ca3As2)に希[硫酸]を作用させることで合成できます。


Ca3As2 + 3H2SO4 → 2AsH3 + 3CaSO4


この方法で合成されたアルシンはニンニク臭を持つとされますが、これは不純物であるテルルに由来する可能性があります。また、ヒ素を含む試料に亜鉛を加え、希硫酸を作用させることでアルシンを発生させることもできます。このアルシンを水素ガスと共に燃焼させ、その炎を冷たいガラスや磁器皿にあてると、単体のヒ素が付着し、光沢のある「ヒ素鏡」が生成します。これは、ヒ素の検出法であるマーシュ法の原理です。 シェーレグリーンと呼ばれる顔料が、カビやバクテリアによって分解される際にも、アルシンが発生することが知られています。

アルシンの用途

アルシンは、ヒ化ガリウム(GaAs)やヒ化インジウム(InAs)などの[化合物]]半導体の製造において重要な原料として用いられています。[[有機金属気相成長法]やガスソース分子線エピタキシー法(GS-MBE)といった半導体製造技術において、均一な薄膜形成のためにアルシンガスが用いられています。

有機アルシン

有機化学の分野では、アルシンを親化合物とする一連の誘導体も「アルシン」と呼ばれます。一般式はRR1R2As(R, R1, R2はHまたは有機基)で表され、トリフェニルアルシン((C6H5)3As)などは配位子として用いられています。

関連物質

ホスフィン(PH3)、水素化アンチモン(SbH3)、水素化ビスマス(BiH3)など。

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