アルテミジア・ジェンティレスキ

アルテミジア・ロミ・ジェンティレスキ（1593年7月8日 - 1652年）は、バロック期のイタリアで活躍した画家であり、その生涯は波乱に満ちていました。彼女は、カラヴァッジオ派の画家として知られ、力強く劇的な画風で、聖書や神話の物語を独自の解釈で描きました。また、当時としては稀な女性画家であっただけでなく、レイプ事件の被害者として公の場で訴えを起こしたことでも知られています。

生い立ちと初期のキャリア

アルテミジアは、ローマで著名な画家オラツィオ・ジェンティレスキの長女として生まれました。幼い頃から父の工房で絵画の才能を開花させ、その才能は兄弟たちを凌ぐほどでした。父からデッサン、色彩、明暗法などの絵画技術を学び、特に父が得意としたカラヴァッジオ派の画風を深く受け継ぎました。初期の作品には、旧約聖書の物語を題材にした『スザンナと老人たち』などがあります。

レイプ事件と裁判

アルテミジアの才能は傑出していましたが、当時の女性画家はアカデミズムの世界からは排除されていました。1611年または1612年、父オラツィオはアゴスティーノ・タッシをアルテミジアの絵画教師として雇います。しかしタッシはアルテミジアに偽りの結婚を約束し、彼女をレイプしました。この事実を知ったオラツィオは激怒し、タッシを教会に訴えました。裁判ではアルテミジア自身も拷問を受け、身体検査や取り調べで精神的な苦痛を強いられました。結局、タッシは無罪放免となり、アルテミジアには「売春婦」という烙印が押されました。この事件を機に彼女は男性社会への強い怒りを抱き、1612年から1613年にかけて描かれた『ホロフェルネスの首を斬るユーディット』は、彼女のそうした心理が反映された作品として解釈されています。

フィレンツェでの活躍

裁判後、アルテミジアは名誉回復のためにフィレンツェの芸術家ピエール・アントニオ・シアテッシと結婚し、フィレンツェに移住します。フィレンツェでは絵画アカデミーの初の女性会員として迎えられ、メディチ家の大公コジモ2世やクリスティナ大公妃など、有力なパトロンを得て成功を収めました。ガリレオ・ガリレイとも交流があり、その書簡も現存しています。フィレンツェ時代には、『Allegoria dell'Inclinazione』や『La conversione della Maddalena』などの作品が残されています。

その後の人生と晩年

1621年、アルテミジアはローマに戻りますが、期待したほどの評価は得られず、その後ヴェネツィアを経て1630年にはナポリに移住します。ナポリは彼女にとって第二の故郷となり、以降はここを拠点として活動しました。ナポリでは教会の絵画制作や、再びユーディット、スザンナ、マグダラのマリアといった主題に取り組み、その卓越した画才を発揮しました。1638年にはロンドンに赴き、宮廷画家となっていた父オラーツィオと再会し、彼と共に王宮の天井画制作に携わりました。1639年に父が急逝した後もロンドンに滞在しましたが、1642年のイングランド内戦勃発を機にナポリに戻り、1652年に亡くなりました。晩年の作品には『ロザリオの聖母子』などがあります。

死後の評価

1970年代以降、フェミニズムの観点から美術史における女性芸術家の再評価が進むにつれ、アルテミジアはフェミニズム美術史の象徴的な存在として注目を集めるようになりました。彼女の力強く、時に残酷な描写は、男性中心の社会に抵抗する女性の姿を反映していると解釈されています。アルテミジアの人生は、1997年には映画『アルテミシア』としても描かれ、彼女の生涯と芸術への関心を高めるきっかけとなりました。

参考資料

『女性画家列伝』若桑みどり（1985年 岩波新書）
『すぐわかる 女性画家の魅力』千足伸行（2007年 東京美術）
* 映画『アルテミシア』アニエス・メルレ監督作品（1997年）

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