アルノルト・ゲーレン

アルノルト・ゲーレン：欠陥存在としてのヒトと現代文明への鋭い視線

アルノルト・ゲーレン（1904年-1976年）は、20世紀ドイツを代表する哲学者、社会学者です。ライプツィヒ生まれの彼は、ライプツィヒ大学とケルン大学で哲学、文献学、美術史、心理学などを学びました。

ゲーレンの哲学は、マックス・シェーラーを始めとする、哲学的人間学の潮流を汲んでいます。また、ハンス・ドリーシュやニコライ・ハルトマンの影響も色濃く見て取れます。彼の思想は同時代の保守革命思想家にも大きな影響を与え、「感覚的な過負荷」「脱制度化」「ポスト歴史」といった概念は、ドイツ社会において広く議論されるようになりました。

彼の生涯は激動の時代と重なります。ナチス政権下ではナチ党に入党し、フランクフルト大学、ケーニヒスベルク大学、ウィーン大学と転々とし、のちにはドイツ国防軍に所属しました。戦後はシュパイアー大学、アーヘン工科大学で教鞭をとり、1960年代後半のプロテスタント運動を批判的に論じるなど、常に時代の最先端に位置し、発言を続けてきました。

ゲーレンの思想の中核をなすのは、人間を「欠陥存在」と捉える視点です。これは、彼の主著『人間、その本性と世界における地位』(1940年)において展開されています。ゲーレンは、人間は他の高等哺乳類と比較して、体温調節機能や防御本能が未発達であり、生存のために長い期間親の保護を必要とする、未熟な存在だと論じます。この「欠陥」を克服し、生存を維持するために、人間は自然環境を積極的に改変し、道具や文化を作り出したのだと主張しました。

この「欠陥存在」としての捉え方は、人間と動物、自然との関係性を再考する上で非常に重要です。人間が自然を支配し、利用する存在であるという従来の考え方を批判し、人間と自然のより複雑で相互依存的な関係性を示唆しています。

ゲーレンは、生物学者ルイス・ボルクやアドルフ・ポルトマンらの研究にも影響を受け、経験科学に基づいた哲学を展開しました。彼の哲学は、人間存在の本質を探求するだけでなく、現代社会の課題、特に技術文明の発展に伴う問題点にも鋭く切り込みます。彼は、『技術時代の魂の危機』（1957年）において、技術文明の進展が人間の精神や倫理に及ぼす負の影響を警告しました。

ゲーレンの著作は、今日でもその重要性を失っていません。彼の「欠陥存在」論は、人間の本質と文化、文明の起源を理解する上で重要な示唆を与えてくれますし、現代社会が抱える様々な問題を考察する上での枠組みを提供してくれています。彼の鋭い洞察は、未来社会を展望し、より良い社会を構築するためのヒントを与えてくれるでしょう。

主な著作として、『人間、その本性と世界における地位』『原始人と現代文明』『技術時代の魂の危機』『モラルとヒューパーモラル』などがあります。邦訳も多数出版されており、彼の思想に触れることは容易になっています。ゲーレンの思想を理解することで、私たち自身の人間存在や、現代社会のあり方を深く理解することができるでしょう。彼の従兄弟であるラインハルト・ゲーレンはドイツの軍人、官僚として知られており、両者の対比も興味深いところです。

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