アルファプロテオバクテリア綱

アルファプロテオバクテリア綱（Alphaproteobacteria）

アルファプロテオバクテリア綱は、細菌ドメインを構成する主要な門の一つであるPseudomonadota門に属する綱です。このグループは、生物界でも特に多様な細菌を含んでおり、その生態は光合成を行うものから、他の生物と共生あるいは寄生するものまで多岐にわたります。多くの種はグラム陰性菌としての特徴を持ちますが、細胞内に寄生する一部の種はペプチドグリカン層が失われ、グラム染色では陽性反応を示すことがあります。系統的には、ベータプロテオバクテリア綱やガンマプロテオバクテリア綱と近縁な関係にあります。

生態的多様性とその特徴

アルファプロテオバクテリア綱に属する細菌は、その生理機能と生息環境において非常に多様性を示します。例えば、光エネルギーを利用して増殖する光栄養細菌が存在し、その中にはメチロバクテリウム属（Methylobacterium spp.）のように炭素数1の化合物を代謝できるものもいます。植物と共生し、窒素固定などを行う根粒菌のような重要な共生細菌（例：リゾビウム属 Rhizobium spp.）もこのグループに含まれます。また、ウォルバキア属（Wolbachia属）のように節足動物の細胞内に生息する内生菌や、リケッチア属（Rickettsia属）のように哺乳類などの細胞内に侵入して感染症を引き起こす病原菌も知られています。海洋生態系において非常に重要な役割を果たすペラギバクター属（Pelagibacter ubique）のような好気性の非酸素光栄養細菌もアルファプロテオバクテリア綱の一員であり、外洋の微生物群集において大きな割合を占めると考えられています。

真核生物の進化との関わり：ミトコンドリアの起源

アルファプロテオバクテリア綱は、真核生物の進化を考える上で極めて重要な位置を占めています。細胞内共生説によれば、現在の真核生物が持つミトコンドリアは、原始真核生物の細胞内に取り込まれたアルファプロテオバクテリア綱に属する細菌が起源であるとされています。この「プロトミトコンドリア」とも呼ばれる祖先細菌の進化を研究することは、真核生物がどのように誕生したのかという生命の根源的な謎を探る上で不可欠です。近年の分子系統解析からは、ミトコンドリアにつながる系統がアルファプロテオバクテリア綱の内部で比較的早期に分岐したことが示唆されています。また、ミトコンドリアの系統はリケッチア目と近縁であるものの、独立した系統群を形成するという見解も提示されています。一方、マグネトコッカス目を除いた他のアルファプロテオバクテリア綱のメンバーとミトコンドリアが姉妹群であるという研究結果もあり、ミトコンドリアの起源に関する詳細な位置づけについては現在も研究が進められています。

遺伝子技術への応用と自然遺伝子形質転換

アルファプロテオバクテリア綱の一部の細菌は、バイオテクノロジー分野でも利用されています。特に、かつてアグロバクテリウム・ツメファシエンス（Agrobacterium tumefaciens）と呼ばれていたリゾビウム・ラジオバクター（Rhizobium radiobacter）は、植物細胞に外来のDNAを効率的に導入する能力を持つため、遺伝子組換え植物を作成する際に広く用いられています。

また、このグループに属するいくつかの種では、自然な遺伝子形質転換のプロセスが詳細に研究されています。形質転換とは、細菌が周囲の環境から裸のDNAを取り込み、それを自身のゲノムに組み込む現象です。アグロバクテリウム・ツメファシエンス、メチロバクテリウム・オルガノフィルム（Methylobacterium organophilum）、ブラディリゾビウム・ヤポニクム（Bradyrhizobium japonicum）などで、この自然な遺伝子導入メカニズムが明らかにされています。

分類体系の現状

アルファプロテオバクテリア綱の分類や系統関係は、分子生物学的な知見の蓄積により絶えず見直されています。特に下位分類である「目（order）」レベルでは、一部のグループ（例えばペラギバクター目やリケッチア目）の系統的位置づけについて議論が続いています。主要な細菌分類データベースであるNCBIやGTDBでは、それぞれ異なる数の目が設定されていることからも、分類体系の流動性が伺えます。

分子系統解析によると、アルファプロテオバクテリア綱の分岐は細菌ドメイン全体の中で比較的新しく、ベータプロテオバクテリア綱とガンマプロテオバクテリア綱だけが、アルファプロテオバクテリア綱よりも後に分岐したと推定されています。このグループの中で最も早く分岐したと考えられているのはマグネトコッカス目ですが、この目をアルファプロテオバクテリア綱に含めるかについても議論があり、独立したイータプロテオバクテリア綱を新設する提案もなされています（2021年現在、この提案は正式に承認されていません）。

2024年9月現在、国際細菌命名規約に従った分類を掲載するIJSEM (International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology) のリストに承認されている目としては、以下のものが挙げられます。

Caulobacterales (カウロバクター目)
Emcibacterales
Futianiales
Holosporales (ホロスポラ目)
Hyphomicrobiales (ヒフォミクロビウム目)
Iodidimonadales
Kordiimonadales (コーディイモナス目)
Magnetococcales (マグネトコッカス目)
Mariprofundales (マリプロフンドゥス目)
Micropepsales
Minwuiales
Rhodobacterales (ロドバクター目)
Rhodospirillales (ロドスピリルム目)
Rhodothalassiales (ロドタラシウム目)
Rickettsiales (リケッチア目)
Sneathiellales (スネアチエラ目)
Sphingomonadales (スフィンゴモナス目)

また、IJSEMにはまだ正式に承認されていないものの、提案されている目として以下のようなグループが存在します。

“Parvularculales” (パルブラルキュラ目)
“Candidatus Pelagibacterales” (ペラギバクター目)
“Candidatus Puniceispirillales”

このように、アルファプロテオバクテリア綱は多様な生態と重要な進化史的意義を持つ細菌群であり、その分類や生物学的な研究は現在も活発に行われています。

関連項目

ミトコンドリア
真核生物
プロテオバクテリア
細菌
* 光合成細菌

もう一度検索