アルプス国家要塞

アルプス国家要塞：虚偽の情報がもたらした戦略的混乱

第二次世界大戦終盤、ドイツはソ連軍と米英軍による挟撃を受け、敗北は避けられない状況にありました。しかし、連合軍内部には、ヒトラーとドイツ軍がアルプス山脈に築いた要塞に立てこもり、最後の抵抗を行うという噂が流布し始めました。この噂は、具体的な場所や規模を示すまでになり、「アルプス国家要塞」として連合軍の戦略に深刻な影響を及ぼすことになります。

「国家要塞」情報の拡散と連合軍の対応

1945年3月、連合軍最高司令部は、アルプス山脈において大規模な地下工事が行われ、有力な親衛隊部隊やナチス高官が移動しているという情報を得ます。この情報を受けて、第12軍集団司令官ブラッドレー大将は、ベルリン攻略よりも「国家要塞」へのドイツ軍の流入阻止を優先すべきだと主張しました。

この情報は、アメリカ陸軍参謀総長マーシャル元帥にも伝えられ、「ヴェアヴォルフ作戦」（ドイツ軍のゲリラ戦）の存在も考慮した結果、ベルリン到達までに10万人の損害が出るという予測がなされました。マーシャル元帥は、ソ連軍との接触による不祥事を避けるため、「敵の組織的抵抗地域の組成を防止」することに主眼を置くべきだと指示し、アイゼンハワー元帥はこれをベルリン進撃の中止と解釈しました。

ベルリン回避決定と英米間の対立

アイゼンハワー元帥によるベルリン進撃の中止決定は、イギリス側に衝撃を与えました。モントゴメリー元帥は本国に連絡し、この決定は合同参謀本部を飛び越えてスターリンに連絡したこと、合意のない方針転換など、イギリス側の激しい反発を招きました。チャーチル首相はアイゼンハワー元帥にベルリン攻略の重要性を訴えましたが、アメリカ統合参謀本部はアイゼンハワー元帥の見解を支持しました。

イギリス側の激しい抗議にもかかわらず、ソ連からもベルリンの戦略的重要性の低下を示唆する情報が届いたことで、ベルリン回避は米英軍の既定方針となりました。エルベ川まで東進した米英軍は南北に分かれ、ベルリン攻略はソ連軍に委ねられることになったのです。

「国家要塞」の虚像と現実

連合軍が「国家要塞」に関する情報を収集する中で、その規模や兵力は誇張されているという見方も出てきました。しかし、ニューヨーク・タイムズ紙などは、その存在を警告し続けるなど、情報操作の側面も持ち合わせていました。

一方、現実の「国家要塞」は、ドイツ側からの計画ではなく、チロル＝フォアアールベルク帝国大管区指導者フランツ・ホーファーによる和平交渉の材料としての提案でした。しかし、ドイツ軍はアルデンヌ反撃作戦の準備に追われており、その建設は実現しませんでした。

戦況が悪化し、ドイツ政府・軍の幹部がドイツ南部への疎開を検討する中、ヒトラーは「国家要塞」構想に再注目しますが、連合軍の進撃により、大規模な工場建設は不可能でした。最終的に、ヒトラー自身もベルリンを離れることなく、ベルリン地下壕で最期を迎えます。「国家要塞」は、最後まで建設されることはありませんでした。

戦後の当事者たちの回想

アイゼンハワー元帥は、ベルリンが連合軍にとって論理的または最も望ましい目標ではないと判断したと述べています。一方、イギリス側は、「国家要塞」と「ヴェアヴォルフ」作戦の情報に踊らされたアイゼンハワー元帥の判断を批判し、ソ連にベルリン攻略を譲ったことを非難しました。

「アルプス国家要塞」は、存在しなかった虚偽の情報でしたが、連合軍の戦略決定に大きな影響を与え、歴史の転換点に繋がったと言えるでしょう。この出来事は、情報戦の重要性と、誤った情報に基づく判断の危険性を改めて示すものです。

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