アルベール・コーエン

アルベール・コーエン（1895-1981）は、ギリシャのコルフ島で生まれたユダヤ系の作家、詩人、劇作家、そして政治活動家です。複雑で波乱に満ちた人生は、彼独自の文学作品に深く反映されています。

コーエンの生家は、コルフ島に古くから住むロマニオットのユダヤ人社会に根付いていました。父親は石鹸職人、祖父はユダヤ教指導者という家系です。しかし、1891年に発生した反ユダヤ主義暴動を逃れるため、一家はコーエンが5歳の時にフランスのマルセイユに移住しました。この出来事は、コーエンの生涯に深い影を落とすことになります。

マルセイユでカトリック系の学校に通い、その後ティエール中等教育学校を経て、1913年にはバカロレアを取得。同級生であったマルセル・パニョルとは生涯にわたる友情を育みました。1914年にはジュネーヴに移り住み、スイスに帰化。法学士、文学士を取得し、牧師の娘であるエリザベットと結婚しました。しかし、エリザベットは若くして亡くなり、その後出会ったイヴォンヌも亡くなるなど、コーエンの人生は幾度も死と悲しみに見舞われます。こうした経験は、彼の作品に死を巡る深い考察をもたらしました。

1919年にはアレクサンドリアで弁護士として働くも失敗し、ジュネーヴに戻ります。そこで、プロテスタントの家庭で育った妻にユダヤ教について語る中で、詩作を始めます。1921年には詩集『ユダヤの言葉』を発表。彼の才能はすぐに認められ、『新フランス評論』編集長のジャック・リヴィエールと出会い、小説出版契約を結びました。

リヴィエールは、コーエンのシオニズム運動への参加も支援しました。ハイム・ヴァイツマンの要請で創刊された『ユダヤ評論』の編集委員に就任し、国際連盟のシオニズム運動代表としても活躍しました。国際労働事務局職員として難民問題にも取り組み、国際連合の特別機関代表も務めました。

一方、小説家としての活動も精力的に続け、1930年には処女作『ソラル』を発表し高い評価を得ます。『釘食い男』『選ばれた女』『益荒男ども』と続く４部作は、コーエンの代表作として知られています。なかでも『選ばれた女』は1968年のアカデミー・フランセーズ小説大賞を受賞するなど、大きな成功を収めました。

第二次世界大戦中はナチスの迫害を逃れるため、フランスからロンドンへ亡命。シャルル・ド・ゴールやハイム・ヴァイツマンとも協力し、イスラエル建国支援にも尽力しました。戦後、ジュネーヴに戻り、国際連合の代表を務めながら執筆活動を続けました。1954年には自伝的作品『わが母の書』を発表、母への深い愛情と、ユダヤ社会における母性の複雑さを描いています。

1981年にジュネーヴで亡くなりました。晩年は、個人的な文書をすべて破棄したと伝えられています。その生涯は、反ユダヤ主義という苦難、家族の死、そして政治活動の激動を経験しながらも、常に創作活動に励み、ユダヤ社会への貢献を続けた、複雑で多層的な人物像を示しています。彼の作品は、今もなお世界中で読まれ、多様な解釈を生み出し続けています。

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