アルペジョーネ

アルペジョーネは、19世紀初頭にウィーンで誕生した、比較的短期間しか存在しなかった珍しい弦楽器です。この楽器は、卓越したギター製作者として知られていたヨハン・ゲオルク・シュタウファー（1778年 - 1853年）によって、1823年から1824年にかけて発明されました。アルペジョーネ（あるいはアルペッジョーネ）という名称は、イタリア語で「分散和音」を意味する「アルペッジョ」（arpeggio）に由来すると考えられており、その楽器の特性を示唆しています。

特徴と構造

アルペジョーネは、その構造において複数の楽器の要素を融合させています。まず、演奏には弓を用いるという点で、ヴァイオリン族やヴィオラ・ダ・ガンバといった弓奏楽器に分類されます。しかし、6本の弦を持っていること、そしてネックに24個のフレットが埋め込まれている点は、ギターなどの撥弦楽器に共通する特徴です。フレットがあることで、押さえる位置が明確になり、正確な音程を取りやすいという利点があります。また、フレットと6弦という構造は、和音を比較的容易に、かつクリアに奏でることを可能にします。このため、「ギター・チェロ」という別名でも呼ばれることがあります。

楽器の胴体は、チェロをやや小型にしたような形状をしており、演奏者が抱えやすいサイズ感です。見た目は、バロック時代に栄えたヴィオラ・ダ・ガンバ族の楽器を彷彿とさせると言われています。こうした多様な特徴から、アルペジョーネは弓奏楽器の表現力と、フレットを持つ楽器の機能性を兼ね備えようとする試みから生まれた楽器と言えます。

短命な歴史

革新的な楽器として考案されたアルペジョーネでしたが、残念ながら広く普及することなく、音楽史の中で短命に終わりました。その正確な理由は定かではありませんが、同時期に確立されていたチェロやギターといった楽器と比較して、音量や音色、あるいは演奏上の難しさといった点で競争力が低かった可能性が考えられます。楽器の寿命が短かったため、アルペジョーネのために書かれた楽曲も、ごく一部に限られています。

アルペジョーネが今日でも音楽愛好家の間でその名を知られているのは、偉大な作曲家フランツ・シューベルト（1797年 - 1828年）の存在によるところが大きいです。シューベルトは1824年に、アルペジョーネとピアノのための《アルペジョーネ・ソナタ イ短調》D821を作曲しました。これは、アルペジョーネのために書かれた最も有名な作品であり、この楽器の存在を示す貴重な資料となっています。

しかし、皮肉なことに、このソナタの楽譜が実際に出版されたのは、シューベルトの死後、さらに長い年月を経た1871年のことでした。その頃には、アルペジョーネという楽器自体は既にほとんど忘れ去られており、歴史の表舞台から姿を消していました。そのため、シューベルトのソナタが世に出た時、それを演奏するための楽器がほとんど存在しないという状況になっていたのです。

現在の演奏と代用楽器

現代において、オリジナルのアルペジョーネを用いて演奏される機会は極めて稀です。専門家による研究演奏や復元楽器の演奏会などで聴くことができる程度です。シューベルトの《アルペジョーネ・ソナタ》を演奏する際には、アルペジョーネの音域や特性に比較的近いチェロが最も一般的に代用されます。チェロ以外にも、ヴィオラやコントラバス、あるいはフレット楽器であるギターなどで演奏されることもあります。このように、アルペジョーネのために書かれた唯一の主要な楽曲は、現在では他の楽器によって演奏されることが通例となっています。

シューベルト以外にも、アルペジョーネのための作品を残した作曲家は存在します。楽器の発明者であるシュタウファー自身に加え、ルイ・シュポーア、ヨハン・ブルグミュラー、ベルンハルト・ロンベルクといった同時代の音楽家たちがアルペジョーネのための楽曲を手がけた記録があります。しかし、これらの作品はシューベルトのソナタほど広く知られていません。

アルペジョーネは、弓奏楽器と撥弦楽器の特性を組み合わせようとした革新的な試みが生み出した楽器ですが、その存在は短命に終わりました。しかし、シューベルトの残した名曲を通じて、そのユニークな構造と、音楽史における一瞬の輝きは、今日でも人々の興味を引きつけています。短命ながらも、楽器開発の歴史における興味深い一例として、そしてシューベルトのソナタを理解する上で重要な背景として、アルペジョーネは記憶されています。

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