アンスター・フィッツジェラルド

ジョン・アンスタ―・フィッツジェラルド（John Anster Fitzgerald、1819年 - 1906年）は、ビクトリア朝時代のイギリスで独自の地位を築いた妖精画家、肖像画家です。「妖精のフィッツジェラルド」として親しまれましたが、その作品は単なる愛らしさとは一線を画し、悪鬼や悪夢といった暗いイメージを内包していました。彼の作品は、ヒエロニムス・ボスやピーテル・ブリューゲルのシュールな世界観と比較されることもありました。

フィッツジェラルドの生い立ちについては諸説ありますが、1819年生まれ説が有力です。祖父はアイルランド系の詩人ウィリアム・トーマス・フィッツジェラルドでした。1849年にはメアリー・アン・バーと結婚し、少なくとも4人の子供をもうけています。

彼は正規の美術教育を受けていませんでしたが、1845年に英国王立芸術院で初めて作品を展示し、その後もブリティッシュ・インスティテューションや水彩画協会に出展するなど、その才能を開花させました。1850年代末には、『イラストレイテド・ロンドン・ニュース』にクリスマスの妖精シリーズを掲載し、人気を博しました。

しかし、フィッツジェラルドは作品に意図的に曖昧なタイトルを付けることが多く、それが原因で画商やコレクターによるタイトル変更が頻発し、真作の特定を困難にするという問題も生じました。『パイプ・ドリーム』や『囚われの夢想家』といった作品名は、彼がアヘン窟など、当時の退廃的な麻薬文化に触れていたことを示唆しているとも考えられています。

同時代の妖精画家の多くが文学作品や伝説から題材を得ていたのに対し、フィッツジェラルドは個人的な幻想に基づいて妖精画を描きました。彼はマザー・グースの一編を基にした『繋がれたクックロビン（ヨーロッパコマドリ）』のように、鮮やかな色彩、特に赤、青、紫を多用しました。クックロビンをテーマにした作品は他にも、『誰が駒鳥殺したの』、『巣を守るクックロビン』、『鳥の巣で眠る妖精』などがあります。

フィッツジェラルドは、他の芸術家や人々との交流をあまり持たなかったようです。彼はロンドンのサベージ・クラブを主な活動場所としていましたが、クラブの仲間たちは、彼がエドマンド・キーン、チャールズ・ケンブル、ウィリアム・チャールズ・マクリーディといった往年の名優の物真似を得意としていたことを語っています。

1902年には、最後の作品となる『不思議の国のアリス』を王立美術院に出展しました。20世紀に入ると、フィッツジェラルドの妖精画の贋作が多数出回りましたが、科学的な分析の結果、現代の顔料が使用されていることが判明し、捏造が明らかになりました。

フィッツジェラルドの作品は、幻想的でありながら、どこか退廃的な雰囲気を漂わせています。彼の独特な世界観は、現代においても多くの人々を魅了し続けています。

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