アンリ・ヴェルヌイユ

アンリ・ヴェルヌイユ（本名アショット・マラキアン）は、20世紀後半のフランス映画界において重要な足跡を残した監督、脚本家です。

1920年10月15日、トルコのテキルダーでアルメニア系の家庭に生を受けた彼は、幼い頃に家族と共にトルコ政府による弾圧から逃れるためフランスのマルセイユに移り住むという経験を持ちます。この原体験は、晩年の創作にも深く刻まれることになります。

南仏での新たな生活を経て、ヴェルヌイユはエクサン・プロヴァンスの工芸学校で学びを終え、1943年に卒業します。その後、1944年からは「Horizon」誌のジャーナリストとして筆を執る日々を送りました。映画との決定的な出会いは1947年、当時の大スター、フェルナンデルとの巡り合いでした。フェルナンデルを主演に迎えた短編映画『Escale au soleil』でメガホンをとったのを皮切りに、多数の短編を手がけるようになります。また、1950年にはアンドレ・メサジェ作曲のオペレッタを映画化した『Véronique』で助監督を務めるなど、映画製作の現場で経験を積んでいきました。

1952年、『La Table aux crevés』で待望の長編監督デビューを果たしました。そして1954年、再びフェルナンデルと組んだ『Le Mouton à cinq pattes』が国際的に高い評価を獲得します。この作品はロカルノ国際映画祭で主要な賞に輝き、アメリカでも注目を集め、1956年にはアカデミー賞の脚本賞候補となる快挙を成し遂げました。続く『過去をもつ愛情』や『ヘッドライト』といった作品も日本で高く評価され、ヴェルヌイユの名は広く知られるようになりました。

しかし、1950年代後半から60年代にかけてフランス映画界にヌーヴェルヴァーグが登場すると、映画の潮流が大きく変化しました。この影響もあってか、ヴェルヌイユ作品の日本での公開機会は一時的に減少します。ジャン・ギャバンやジャン＝ポール・ベルモンドといった大スターが主演した作品でさえ、日本で劇場公開されないケースが見られました。そうした状況の中、1963年のジャン・ギャバン主演作『地下室のメロディー』で再び大きな成功を収め、ヴェルヌイユはキャリアの勢いを取り戻しました。

この『地下室のメロディー』以降、ヴェルヌイユはジャン・ギャバン、ジャン＝ポール・ベルモンド、そしてアラン・ドロンといった、当時のフランス映画界を代表する俳優たちを主演に迎え、主にポリシエ（刑事もの）や犯罪映画といったジャンルでその真価を遺憾なく発揮しました。『太陽の下の10万ドル』、『シシリアン』、『華麗なる大泥棒』、『ジャン＝ポール・ベルモンドの恐怖に襲われた街』など、数々の傑作、娯楽大作を世に送り出し、観客から絶大な支持を得て、人気監督の地位を確立しました。

1979年にはイヴ・モンタン主演のサスペンス『I... comme Icare』が高い評価を受け、翌年のセザール賞では監督賞を含む5部門にノミネートされる栄誉に輝きました。1982年には『Mille milliards de dollars』を発表しますが、公開から程なくして主演俳優パトリック・ドヴェールが自ら命を絶つという不幸に見舞われました。1984年にはベルモンドと久しぶりにタッグを組み、ミシェル・オディアールが脚本を手がけた戦争コメディ『大喰らい』を世に送り出しましたが、これを最後に映画製作の現場から徐々に距離を置くようになります。

キャリアの終盤、彼は自身のルーツに立ち返る作品を手がけました。幼少期に家族と共にマルセイユに移住した際の経験を基にした自伝的な連作『Mayrig』（1991年）と『588, rue Paradis』（1992年）です。これらの作品にはクラウディア・カルディナーレやオマー・シャリフといった国際的なスターが主演に迎えられました。

晩年は病との闘いに時間を費やしていましたが、1996年には長年の功績を讃えられ、セザール賞より名誉賞が贈られました。また、その50年にわたるキャリアを振り返るドキュメンタリー映画も製作されるなど、敬意が払われました。アンリ・ヴェルヌイユは2002年1月11日、81歳でこの世を去りました。パリのバニョレにある病院での逝去でした。1月17日には、パリ8区のパリ聖ジャン＝バチスト・アルメニア教会で葬儀が営まれ、アラン・ドロン、クラウディア・カルディナーレ、シャルル・アズナヴール、ピエール・カルダン、ジェラール・ウーリーといった映画界や文化界の著名人が多数駆けつけ、最後の別れを惜しみました。アンリ・ヴェルヌイユは、自身のアイデンティティと向き合いながら、幅広いジャンルで観客を楽しませた、フランス映画史における重要な存在として記憶されています。

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