アンヴァル

アンヴァル：神話に輝くルーの愛馬

アンヴァル（古アイルランド語: Enbarr; アイルランド語: Aonbharr）は、ケルト神話、特にアイルランドの伝承に登場する名馬です。ダナーン神族の英雄ルーの愛馬として知られ、海神マナナン・マクリールから貸与されたとされています。アンヴァルは、その驚異的な速度と、乗り手を守る魔法の力で、神話の世界において特別な存在感を放っています。

名前の意味

アンヴァルの名前の意味については、いくつかの説があります。

飛沫（しぶき）: 中世の辞典『コルマクの語彙集』では、「飛沫」の意味を持つとされています。
単一のたてがみ、比類なきたてがみ: ユージン・オカリーは、そのたてがみに注目し、「単一のたてがみ」または「比類なきたてがみ」の意味だと解釈しました。
鳥の頭を持つ: ジョン・リースは、「鳥の頭を持つことを意味する」という説を提唱しています。
唯一の超越性: 近年のケルト神話辞典では、「唯一の超越性」という意味合いで説明されることもあります。

アイルランド語での表記はAonbharrです。

伝承

アンヴァルが登場する有名な物語の一つに、『トゥレンの子らの最期』があります。この物語では、ルーが率いる「約束の地の妖精騎士団」の馬として登場し、その卓越した能力が語られています。

アンヴァルは、

冷たい春風よりも速い
海も陸も自由自在に駆け抜ける
* 背に乗る者を危険から守る

という魔法の力を持つとされ、ルー自身も、マナナンから授かった魔法の外套や胸当て、剣フラガラッハなどで身を固めていました。物語の中では、アンヴァルを超える速さや強さを持つ馬は存在しないとされています。

トゥレンの子らは、父の罪を償うために、アンヴァルを貸してほしいとルーに願い出ますが、ルーはこれを拒否し、代わりに魔法の船「静波号（ウェイヴ・スウィーパー）」を貸与します。この船は、乗り手が望む場所へ自動的に航行する便利な乗り物でした。

他の馬との比較

ルーはアンヴァルの他にも、シチリア国王ドバールが所有する二頭の名馬を求めています。これらの馬もまた、「海も陸も平然と走り、速さも力も並外れている」とされ、アンヴァルと同様の優れた性質を備えていたことがわかります。

ウェールズの伝承との関連

アイルランドのルーに対応するウェールズの神は、スェウ・スァウ・ゲフェスです。彼の馬は、「黄白色の足跡の駒」（Melyngan Gamre）または「薄黄色の種馬」（Melyngan Mangre）と呼ばれています。リース教授は、スェウの馬が「ブリテン島の三頭の贈答馬」の一つであるという点が、マナナンからの借り物であるルーの馬との共通点であると指摘しています。

白馬としてのイメージ

アンヴァルは、白馬として描かれることもあります。P・W・ジョイスは、『トゥレンの子らの最期』に登場するルーの妖精騎士団を、「全員が白馬に乗った軍人たち」として脚色しています。また、マナナンの馬車は「輝く海馬たち」に牽かれるとされていますが、これは「白波」を意味する比喩表現に過ぎません。しかし、M・オールドフィールド・ハウィーは、「海に嵐が起きるとき、アイルランドではその砕ける波がマナナーン・マクリルの白馬であると言われる」と述べています。

このように、アンヴァルは、ケルト神話の世界において、単なる馬を超えた、神秘的で特別な存在として語り継がれています。

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