アーディル・キトブガー

アーディル・キトブガーは、13世紀後半にバフリー・マムルーク朝の第11代スルタンとして短期間在位した人物です。彼の生涯は、激動の中東情勢を背景に、権力闘争と裏切り、そして異文化間の衝突という、複雑な要素が絡み合っています。

キトブガーは、その出自をモンゴルに持ちます。幼少期に1261年のヒムスの戦いでマムルーク朝の捕虜となり、アミールであったカラーウーンに引き取られて養育されました。その後、カラーウーンのマムルークとなり、彼の政権下で着実に昇進を果たし、有力なアミールへと成長しました。この時期に、彼はアシュラフ・ハリールの暗殺計画に関与したとされています。

幼いナースィル・ムハンマドがスルタンに即位すると、キトブガーは執権として実権を掌握します。彼は、ハリール暗殺の共謀者を処罰する一方で、自らの権力基盤を固めるために、政敵であったサンジャル・アッシュジャーイーを殺害するなど、冷酷な一面を見せました。さらに、ハリール暗殺に加担したマンスール・ラージーンやカラーサンカルを赦免し、これに反発するハリール配下のマムルークを鎮圧すると、ラージーンの助言を受け、幼いムハンマドを廃位し、自らスルタンの座に就きました。

スルタンとなったキトブガーは、ラージーンを執権に任命し、アミールたちに領地を与えることで、自身の権威を確立しようとしました。しかし、彼の統治は、エジプトを襲った疫病と飢饉によって、民衆の不満を招きました。さらに、モンゴル出身であるという彼の出自が、イルハン朝から亡命してきた多くのモンゴル兵を受け入れたことによって、民衆の憎悪を買い、彼の立場をさらに悪化させました。これらのモンゴル兵はイスラム教に改宗しておらず、これも民衆の不満の大きな要因となりました。

また、シリアのアミールたちは、これまでの慣習に反して十分な恩賞を与えられなかったことで、ラージーンに対する忠誠心を失いました。このような状況の中、1296年にラージーンによるクーデターが勃発します。キトブガーはダマスカスからカイロへ向かう途中で刺客に襲撃されるも、間一髪で逃れ、ダマスカスへと逃亡しました。しかし、アミールたちの支持を失っていた彼は、スルタンの座をラージーンに譲り渡さざるを得ませんでした。

退位後、キトブガーはシリアの辺境であるサルハドに左遷されましたが、後にハマーの太守に昇進し、その地で生涯を終えました。彼の短いスルタンとしての期間は、混乱と裏切りに満ちたものでしたが、その生涯は、当時のマムルーク朝における権力闘争の激しさを象徴しています。

キトブガーの生涯は、マムルーク朝における異文化間の融合と衝突、そして権力闘争の複雑さを物語る上で重要な事例と言えるでしょう。

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