イスキュス

ギリシア神話において、イスキュス（古希: Ἴσχυς）は「強い男」を意味する名を冠する人物です。

彼の出自については、主に二つの系統の伝承が伝えられています。一つの説によれば、彼はアルカディア地方の伝説的な王であるアルカスの孫にあたり、アルカスの息子エラトスの子とされています。この説では、アイピュトス、キュレーン、ペレウス、ステュムパーロスといった兄弟がいたとされます。アルカディアはペロポネーソス半島中央部に位置する地域であり、神話においては牧歌的な土地として描かれることが多いです。

しかしながら、別の伝承では、イスキュスは元来、テッサリアー地方に住む好戦的な民族であるラピテース族に連なる人物であったとされています。こちらでも父はエラトスとされますが、同一人物かは定かではありません。ラピテース族は、特に半人半馬の怪物ケンタウロス族との激しい戦いで知られており、彼らの神話はしばしば勇猛さや争いを主題とします。

イスキュスの神話における最も重要な役割は、神々、とりわけ医術の神アスクレーピオスの誕生譚に深く関わる悲劇的な出来事です。神話によると、彼はテッサリアー地方のプレギュアース王の娘コローニスと関係を持ちました。この関係が結ばれた時、あるいはその直前、コローニスはすでにオリュンポスの神アポローンの愛人となっており、アポローンの子をその身に宿していました。この子が後に偉大な医神となるアスクレーピオスです。

コローニスがアポローンの子を妊娠しているにもかかわらず、イスキュスとの関係を続けたことが、アポローンの激しい怒りを買いました。一説には、イスキュスはコローニスと結婚したとも、単に愛人関係にあっただけとも伝えられますが、いずれにしても、神の子を宿した女性が他の男性と関係を持つことは、神に対する裏切りと見なされたのです。

アポローンの怒りは凄まじく、彼は妹である狩猟の女神アルテミスに命じ、あるいは自ら、コローニスとその周辺の人々を罰しました。コローニスは炎に焼かれて命を落としましたが、その炎の中から胎内のアスクレーピオスはヘルメースによって救出されたとされています。

では、イスキュス自身はどのような末路をたどったのでしょうか。彼の最期についても、いくつかの異なった伝承が存在します。パウサニアースの記述からは、イスキュスがアルテミスによって射殺されたことが示唆されています。アポローンに代わって、あるいはアポローンと共に罰を与えるべく、アルテミスの弓矢がイスキュスに向けられたのかもしれません。別の伝承、ヒュギーヌスが伝えるところによれば、イスキュスはゼウスの放った雷によって撃たれたとされています。最高神ゼウスが直接関与したという伝承は、イスキュスが神の怒りがいかに大きなものであったかを示唆しています。

ただし、コローニスの愛人に関する伝承には異説も存在します。アントーニーヌス・リーベラーリスは、コローニスがアポローンを裏切って関係を持った相手は、イスキュスではなくアルキュオネウスであったと記しています。このように、古代ギリシア神話の伝承は多様であり、一つの出来事についても複数の語り方が存在することが少なくありません。

イスキュスの物語は、神々と人間の世界の関わり、そして神の意志に背いた場合の恐ろしい結果を示す一例として語り継がれています。名前の「強い男」とは裏腹に、彼は神の力の前には無力であり、悲劇的な運命に翻弄された人物と言えるでしょう。

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