イタリア現代思想

イタリア現代思想：新観念論からポストモダンへ

20世紀イタリア哲学は、ベネデット・クローチェとジョヴァンニ・ジェンティーレによる「新観念論」から始まったと言えるでしょう。彼らは、19世紀イタリア哲学におけるスピリチュアリスムや実証主義への批判として、新ヘーゲル主義を継承した独自の哲学体系を構築しました。クローチェは美学と歴史を軸に「歴史主義的観念論」を、ジェンティーレは哲学史、倫理、教育を考察し「絶対的内在主義」「活動主義的観念論」を展開しました。当初は協力関係にあった両者ですが、ファシズムの台頭とともに決裂。反ファシストであったクローチェは戦後も影響力を持ち続けましたが、ファシズムの理論的支柱となったジェンティーレは暗殺され、その影響力は衰えました。

しかし、20世紀前半のイタリア哲学は新観念論だけではありませんでした。新カント主義、プラグマティズムが導入され、新観念論と対立する二元論的な立場をとる哲学者も存在しました。独自のニーチェ解釈に基づく神秘主義思想を展開したユリウス・エヴォラや、夭折した詩人カルロ・ミケレシュテッテルなど、特異な思想家たちもいました。

20世紀後半に入ると、戦前から活躍を続けたジェンティーレの影響を受けた哲学者たちが、活動主義的観念論を継承・発展させました。また、キリスト教的スピリチュアリスムや新トマス主義も隆盛を極めました。イタリア・マルクス主義は、アントニオ・グラムシを先駆けに、ガルヴァーノ・デッラ・ヴォルペやチェーザレ・ルポリーニらによって発展し、ネグリの思想を核とした「マルチチュード派」も形成されました。

戦後のイタリア哲学において最も重要な潮流の一つが、「現象学」と「実存主義」です。アントニオ・バンフィやエンツォ・パーチらによって導入され、美学の分野でも大きな発展を遂げました。キリスト教的スピリチュアリスムにも影響を与えた実存主義は、ニコラ・アッバニャーノやルイジ・パレイゾンによって独自に展開されました。パレイゾンの「解釈学」は、ウンベルト・エーコやジャンニ・ヴァッティモら多くの哲学者に影響を与え、特にエーコの「記号学」とヴァッティモの「解釈学」は国際的な影響力を持ちます。

実証主義は戦後、分析哲学を取り入れながら再興しました。論理実証主義や批判的合理主義が導入され、ルドヴィコ・ジェイモナトやジュリオ・プレーティら科学哲学者を輩出。また、バンフィの批判的現象学に基づく科学哲学も発展しました。これらの動きは科学史研究とも相まって、イタリアの科学哲学・分析哲学の大きな流れとなりました。分析哲学は記号学とも密接に結びついています。

しかし、実証主義への批判も続きました。『理性の危機』（1979）と『弱い思考』（1983）の出版は、その象徴的な出来事と言えるでしょう。ニヒリズム的な傾向は、70年代に大きな影響力を持つ一方、ヴァッティモの「弱い思考」は、ニーチェとハイデッガーに基づく反基礎主義と独自の解釈学で80年代のイタリア思想界を席巻し、国際的な反響を呼びました。「弱い思考」は現代イタリア思想の主流の一つであり、ヴァッティモの弟子たちも独自の思索を展開しています。

これらとは別に、ジョルジョ・アガンベン、マッシモ・カッチャーリ、マリオ・ペルニオーラなど、美学から出発した哲学者たちの活躍も目覚ましいです。アガンベンとカッチャーリは、ハイデッガーとベンヤミンの強い影響を受け、独自の政治哲学を展開。カッチャーリは行政にも携わりながら、実践的な政治哲学を提示し、大きな影響力を持っています。アガンベンは、フーコーの生政治論を受け継ぎつつ、独自の政治哲学を構築しました。ペルニオーラは、バタイユやクロソウスキー、ブランショの研究を基盤に、ヴァッティモの「弱い思考」への批判を展開するなど、独自の立場を確立しています。

このように、イタリア現代思想は、新観念論から出発し、現象学、実存主義、マルクス主義、分析哲学、そして「弱い思考」など、多様な思想的潮流が複雑に絡み合いながら発展してきました。クローチェやジェンティーレから始まったイタリア独自の哲学は、今日に至るまで世界的な影響を与え続けているのです。

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