イポリット・ブーランジェ

イポリット・ブーランジェ（Hippolyte Emmanuel Boulenger、1837年12月13日 – 1874年7月4日）は、19世紀ベルギーを代表する風景画家の一人です。

フランスのバルビゾン派から深い影響を受け、特にブリュッセル近郊のテルビュレンという村で精力的に活動しました。この地で彼を中心に集まった画家たちは後に「テルビュレン派」と呼ばれ、ブーランジェはその中でも最も重要な指導者的な存在となりました。

ブーランジェはベルギー南部のトゥルネーに生を受け、幼少期をこの地で過ごしました。1850年に父親を亡くした後、家族と共にパリの祖母のもとへ移り、この地で初めて絵画の手ほどきを受けます。しかし、1853年に祖母も亡くなると、母親と共にブリュッセルへ転居。ここでは装飾画家のユベール・コレーの工房で働きながら、ブリュッセル王立美術アカデミーの風景画教室でジョゼフ・キノーに師事しました。さらに夜間コースでは、保守的なアカデミズムを代表するフランソワ＝ジョゼフ・ナヴェスからも学びましたが、ブーランジェの関心はアカデミックな絵画よりも、自然の中での直接的な観察へと向かっていきます。

ブリュッセル周辺での写生に打ち込むようになった彼は、しばしば生活に困窮し、イクルの街などで自身の絵を売って滞在費を稼ぎ、仲間と共に酒を酌み交わすような放浪的な生活を送る時期もありました。

転機が訪れたのは1863年です。彼は自身よりも年上で、バルビゾン滞在経験を持つ画家カミーユ・ヴァン・カンプ（1834-1891）と出会い、親交を深めます。ヴァン・カンプはブーランジェの才能を認め、様々な面で彼を支援するようになりました。同年、ブーランジェはブリュッセルの展覧会に作品を出展し、その名を世に知らしめる第一歩を踏み出します。

1864年からは、ヴァン・カンプと共にブリュッセル近郊のテルビュレンにある旅館に長期滞在し、集中的に風景画を描き始めました。このテルビュレンの市場近くにあった旅館は、やがてブーランジェをはじめとする若い画家たちの集まる場所となり、ここから「テルビュレン派」と呼ばれる芸術家グループが形成されることになります。彼らはアトリエにこもるのではなく、テルビュレンの森や田園に出て写生を行い、自然の移ろいや光の変化を捉えようと試みました。

1868年に結婚したブーランジェは一時ザベンテムに移り住みますが、1870年には再びテルビュレンに戻り、活動の拠点としました。

また、1868年5月には、ヴァン・カンプらと共に「自由美術協会（Société Libre des Beaux-Arts）」を設立します。これは当時の保守的なアカデミック美術に対抗し、より自由で革新的な芸術を推進することを目的とした重要な組織でした。後にこの協会が開催するグループ展には、多くのベルギー内外の画家たちが参加し、ベルギー近代美術の発展に大きな影響を与えました。

ブーランジェの風景画はベルギー国内だけでなく国外でも評価されるようになり、1872年にはブリュッセル王立美術アカデミーの展覧会で金賞を受賞するなど、画家としての地位を確立しつつありました。

しかし、長年の不規則な生活と飲酒の習慣が彼の健康を蝕んでいました。1869年頃からはてんかんの発作などに悩まされるようになり、健康状態は悪化の一途をたどります。そして、1874年7月4日、彼はブリュッセルのホテルでわずか36歳という若さでその短い生涯を閉じました。

短い活動期間ではありましたが、イポリット・ブーランジェはバルビゾン派の影響をベルギーにもたらし、テルビュレン派の中心人物としてベルギー近代風景画の新たな潮流を築きました。また、自由美術協会の設立に深く関わったことは、ベルギー美術史におけるアカデミズムからの脱却と、革新的な芸術運動の隆盛に貢献した点で特筆されます。彼の早世は惜しまれますが、その遺した作品と活動は、ベルギー美術の歴史に確かな足跡を残しています。

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