イルファーン・カーン

イルファーン・カーン

イルファーン・カーン（Irrfan Khan、1967年1月7日 - 2020年4月29日）は、インド出身の卓越した俳優であり、ボリウッドのみならず国際的な舞台でもその才能を発揮しました。

生い立ちとキャリア初期

イスラーム教の藩王国太守という家柄に生まれた彼は、当初から演劇の道を目指します。大学院在学中に奨学金を得て、インド有数の演劇学校である国立演劇学院（National School of Drama）で3年間の専門課程を修了し、演劇の基礎を深く学びました。1980年代後半に俳優としての道を歩み始め、キャリアの初期はテレビドラマで脇役を多く務めます。1990年代に入ると映画界にも進出しますが、しばらくは知名度の低い小規模な作品への出演が中心で、世間からの注目は得られずにいました。

転機と国際的な活躍

彼のキャリアに転機が訪れ、その演技力が広く認められ、映画俳優として本格的に頭角を現すのは2000年代に入ってからでした。内省的でありながらも力強い存在感を放つ彼の演技は、批評家からも高く評価されるようになります。特に2006年の映画『その名にちなんで』をきっかけに、その評価はインド国内に留まらず国際的にも高まり、アメリカやイギリスの映画にも出演するようになりました。彼はボリウッドの大作から、アートハウス系の作品、さらにはハリウッドのメジャー作品まで、ジャンルを問わず多様な役柄を演じ分け、世界中の観客を魅了しました。2016年には、日本、オランダ、カナダの共同制作によるNHKスペシャルドラマ『東京裁判』に出演し、インド代表判事であるラダ・ビノード・パール役を演じるなど、活躍の場は多岐にわたっています。

知られざるエピソードと晩年

ちなみに、『その名にちなんで』の監督であるミーラー・ナーイルとは以前にも仕事をしており、1988年の映画『ミシシッピー・マサラ』にも出演していました。しかし、編集の段階で残念ながら彼の出演シーンはすべてカットされてしまったという知られざるエピソードもあります。

私生活では、2018年3月に神経内分泌腫瘍という難病と診断されたことを公表し、多くのファンに衝撃を与えました。その後、ロンドンで長期にわたる治療を受け、病状が落ち着いた後、2019年2月にはインドに帰国し、遺作となった映画『イングリッシュ・ミディアム』の撮影に臨むなど、病と闘いながらも俳優としての活動を続けました。しかし、病は再燃したか、あるいは別の病を併発したのか、2020年4月28日には結腸感染症のためムンバイ市内の病院に緊急搬送されました。懸命な治療を受けたものの、翌29日に53歳という若さで帰らぬ人となりました。彼の突然の訃報は、インド国内だけでなく世界の映画界に深い悲しみをもたらしました。変幻自在な表現力と独特の存在感で、多くの人々に感動を与えたイルファーン・カーンは、短すぎる生涯の中で確かにその名を映画史に刻みました。

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