イヴ・タンギー

イヴ・タンギー：シュルレアリスムの異才

イヴ・タンギー(1900年-1955年)は、20世紀を代表するフランスのシュルレアリスム画家です。パリに生まれ、ブルトン人の血を引く両親のもとで育ちました。正規の美術教育は受けていませんでしたが、1922年にジョルジョ・デ・キリコの作品と出会い、独学で絵画の道を歩み始めます。

彼の転機は、第一次世界大戦後の1918年でした。軍隊での出会いをきっかけに、詩人で生涯の友人となるジャック・プレヴェールと親交を深めます。プレヴェールの紹介で1924年にはアンドレ・ブルトン率いるシュルレアリスム運動のグループと繋がりを持ち、その世界に足を踏み入れます。ブルトンは後にタンギーを「もっとも純粋なシュルレアリスム画家」と評するほど、彼の才能を高く評価しました。1927年には初の個展を開催し、シュルレアリスム界での地位を確立しました。

タンギーの私生活は波乱に富んでいました。最初の結婚は破綻し、1937年に彫刻家ハインツ・ヘンゲスの紹介で出会ったのが、後の妻となる画家ケイ・セージです。第二次世界大戦の勃発を受け、タンギーはセージと共にアメリカへ移住。1940年に結婚し、亡くなるまで共に創作活動に励みました。1955年、脳卒中のため55歳で急逝しました。彼の遺灰は、妻セージの遺灰と共に、二人の友人であるピエール・マティスによってブルターニュ半島の海岸に散骨されました。

夢と現実の狭間：タンギーの画風

タンギーの絵画は、独特の雰囲気を漂わせています。昼とも夜ともつかない、深海のような不可解な空間。そこには、骨片や小石のような奇妙な物体（しばしば「biomorph：生物的形態」と呼ばれます）が、無数にひしめき合っています。彼の作品につけられたタイトルもまた、見る者の想像力を掻き立てる、不思議なもので溢れています。

初期の作品には、「赤毛の少女」(1926年)や「ファントマ」(1926年)のように、人間や建物といった具象的なモチーフも見られますが、次第にbiomorphが中心となり、晩年の代表作「弧の増殖」(1954年)にその到達点を見出します。

一見、シュルレアリスム運動の他の画家たちとは一線を画す、独特の様式ですが、キリコの影響を受けた不穏な空間、屹立する物体が地面に落とす影など、シュルレアリスム絵画に共通する要素も確かに存在します。彼の画風は、妻であるケイ・セージにも大きな影響を与えたと言われています。

代表作：言葉では言い表せない世界

タンギーの作品には、日本語の定訳がないものが多く存在します。彼の作品は、言葉では表現できない、独特の世界観を描き出していると言えるでしょう。代表作をいくつか挙げると、

「創世記」(Genesis, 1926年)
「緩慢な日」(Jour de lenteur, 1937年)
「岩の窓のある宮殿」(Le Palais aux rochers de fenêtres, 1942年)
「無限の分割可能性」(Divisibilité indéfinie, 1942年)
「眠りの速度」(La Rapidité de sommeil, 1945年)
「水脈占い師」(Les sourciers, 1945年)
「想像上の数」(Nombres imaginaires, 1954年)
「弧の増殖」(Multiplication des arcs, 1954年)

などがあります。これらの作品は、見る者に無限の想像力を与え、言葉では表現できない深遠な世界へと誘います。イヴ・タンギーの作品は、今もなお、多くの人の心を捉え続けています。

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