イーソス

イーソス（古希: Ἴσος, Īsos）は、古代ギリシア神話におけるトロイアの登場人物の一人です。その名は叙事詩『イーリアス』に記されており、トロイアの偉大な王プリアモスの五〇人ともいわれる息子たちの一人として語られています。ただし、『イーリアス』によれば、イーソスは嫡出の子ではなく、庶子であったとされています。一方で、後代の神話集成であるアポロドーロスやヒュギーヌスのリストには、プリアモスの息子たちの名の中にイーソスの名前は見られません。

イーソスの神話上の記述は、『イーリアス』において比較的詳細に触れられています。彼は、プリアモスの嫡出の息子であったアンティポスと共に、トロイアの聖なる山であるイーデー山で羊の世話をして暮らしていました。ある時、ギリシア軍の恐るべき英雄であるアキレウスがイーデー山一帯を襲撃した際に、イーソスとアンティポスの兄弟は不幸にもその手にかかり、捕虜となってしまいます。しかし、アキレウスはすぐに彼らの命を奪うことはせず、プリアモス王が多額の身代金を支払うことによって、二人は再び自由の身を得ることができました。

解放された後、イーソスは避けられぬ運命としてトロイア戦争の渦中に身を投じることになります。彼は、兄弟であるアンティポスの駆る戦車の御者として、激しい戦闘が繰り広げられる平野を駆け巡りました。彼らの戦いは、しかしながら長くは続きませんでした。全ギリシア軍の総大将として、その強大な力でトロイア軍を圧倒していたミュケーナイ王アガメムノーンと遭遇してしまったのです。アガメムノーンは既にビエノールやオイレウスといったトロイアの勇士たちを次々と討ち取っており、その戦意は最高潮に達していました。

イーソスとアンティポスの兄弟は、この絶大な力を前にして抵抗する術もなく、悲劇的な最期を迎えることになります。アガメムノーンは、鋭い槍を振るってイーソスの胸を貫き、一方アンティポスには剣を浴びせてその命を奪いました。兄弟は寄り添うように倒れ、二度と立ち上がることはありませんでした。二人の亡骸を前にしたアガメムノーンは、ふと、かつて彼らがアキレウスに捕らえられたプリアモス王の息子たちであったことを思い出します。王の息子たちという貴重な戦利品を得たことを確認したアガメムノーンは、彼らが身につけていた豪華な武具を剥ぎ取り、戦利品として持ち去りました。

このイーソスとアンティポスの死は、周囲で戦っていたトロイアの兵士たちに大きな衝撃を与えました。ホメロスは、この時のトロイア軍の様子を、ライオンに襲われ噛み殺される幼い子鹿を見ながらも、恐れのために手が出せず、ただ森の中へ逃げ去るしかない母鹿に例えて描写しています。偉大な王の息子たちが無残に討たれる光景を前にして、トロイアの兵士たちは彼らを助けることができず、ただ恐怖に駆られるままに戦場から敗走していったのでした。このように、イーソスはプリアモスの息子として生まれながらも、その生涯は戦争によって翻弄され、若くして戦場に散ることとなった人物として、『イーリアス』の中にその足跡を残しています。

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