イーダイオス

イーダイオス（古代ギリシア語: Ἰδαῖος, ラテン語: Īdaios）は、ギリシア神話に複数存在する人物が共有する名前です。長母音を省略してイダイオスとも表記されます。特に有名なのは、古代の文献に記録されているトロイア戦争時代の三人の人物です。

トロイア王プリアモスの伝令使

最もよく知られているイーダイオスは、トロイアの賢明な王プリアモスに仕えた伝令使です。彼はトロイア戦争の様々な局面で重要な使者としての役割を担いました。

一騎討ちの中断: 英雄ヘクトールと大アイアースの間に繰り広げられた一騎討ちが、日没により決着を見なかった際、彼はアカイア軍（ギリシア軍）の伝令使タルテュビオスと共に戦場に立ち、両軍に戦闘停止を呼びかけました。
パリスの提案伝達: ある夜、トロイアの集会で、アンテーノールがヘレネーの返還を主張したのに対し、ヘレネーを奪った張本人であるパリスはこれを拒みました。その代わり、アルゴスから持ち去った他の品々と、彼自身の財宝を贈ることを提案します。プリアモスの命を受けたイーダイオスは、このパリスの言葉をアカイア軍に伝えに赴きました。この時、彼は自らの苦しい胸中を吐露するかのように、「こうした事態になる前に、パリスがこの世を去っていればよかったのに」とアカイアの武将たちの前で述べたと伝えられています。この提案に対して、アカイア軍を率いるアガメムノーンの弟ディオメーデースは、パリスからもヘレネーからも、いかなる財宝も決して受け取ってはならないと強く主張しました。
休戦の仲介: さらにイーダイオスは、アカイア側に対して、戦死した兵士たちの遺体を火葬し終えるまで休戦したいというプリアモスの提案を伝えました。アガメムノーンがこの休戦提案に賛成の意を示し、その返答をイーダイオスがトロイアへ持ち帰ると、両軍は合意に基づき、戦死者の弔いを行いました。
プリアモスの密行随行: 戦争の終盤、ヘクトールの遺体がアキレウスによって辱められていることを嘆いたプリアモスは、息子の遺体を引き取るため、危険を冒して夜間にアキレウスの陣営を訪れることを決意します。この極秘の任務において、イーダイオスはプリアモスの乗る四輪馬車の御者として、王に付き従いました。

鍛冶神の神官ダレースの子イーダイオス

別の伝承に登場するイーダイオスは、鍛冶の神ヘーパイストスに仕える神官ダレースの息子です。彼にはペーゲウスという兄弟がいました。兄弟二人とも武芸に秀でた戦士でした。

トロイア戦争において、彼らは戦車を駆って戦場に臨み、徒歩で戦うアカイアの勇将ディオメーデースと対峙しました。しかし、兄ペーゲウスがディオメーデースによって討たれると、イーダイオスは兄の遺体を守って戦い続けることなく、乗っていた戦車から飛び降りて逃走しました。この時、老いた父ダレースが息子の死を悲しむことがないよう、ヘーパイストス神はイーダイオスを神秘的な闇で包み込み、戦場から救い出したと伝えられています。

パリスの子イーダイオス

三人目のイーダイオスは、トロイアの王子パリスとスパルタから奪われた王妃ヘレネーの間に生まれた子供の一人です。彼にはブノマスやコリュトスといった兄弟がいました。

悲劇的なことに、トロイア戦争の末期、プリアモスの宮殿が崩壊した際、幼いパリスの子供たちはこの災難に巻き込まれ、命を落としたとされています。

その他の伝承

上記の主要な三名の他にも、イーダイオスという名前を持つ人物がわずかに伝承に見られます。例えば、トロイア王家の始祖であるダルダノスと女神パラースの娘クリュセの子で、ディマースという兄弟がいたとされる人物や、秘儀に仕えるコリュバンテスの一員、あるいはプリアモス王の多くの息子たちの一人として名前が挙げられることもありますが、これらの人物についての詳細はあまり知られていません。

このように、イーダイオスという名前は、特にトロイア戦争の物語の中で、異なる役割や運命を持った複数の人物に用いられています。中でもプリアモスの忠実な伝令使としての活躍は、ホメロスの叙事詩『イリアス』などを通じて広く知られています。

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