イーダ・ノダック

イーダ・ノダック：先駆的な化学者、そして見過ごされた功績

イーダ・ノダック（旧姓タッケ、1896年-1978年）は、20世紀を代表する化学者、物理学者の一人です。彼女は、夫であるワルター・ノダック、そしてオットー・ベルグとともに、元素レニウムの発見に貢献しました。しかし、ノダックの最も重要な業績は、1934年に発表した論文で、後の核分裂の概念に初めて言及したことでしょう。この発見は、当時の科学界ではほとんど注目されませんでしたが、後の核分裂研究の礎となった重要な一歩でした。

困難な道を切り開いた女性科学者

ノダックは、1896年、ライン川の北部の町で生まれました。教師になることを望まず、当時、物理学者よりも化学者のほうが就職の機会が多いと考えた彼女は、化学の道を志します。これは、ワニス工場を経営していた父親にも歓迎されたようです。

1915年、ベルリン工科大学に入学。女性がベルリンの大学で学ぶことが許されてからわずか6年後でした。女性が化学を専攻する割合は、第一次世界大戦前にはわずか3％でしたが、戦時中には35％まで増加しており、ノダックは、その時代の変化を象徴する女性科学者の一人だったと言えるでしょう。1918年、化学と冶金工学の学位を取得。卒業後は、AEG（ドイツの電気機器メーカー）のベルリンタービン工場で研究員として働きました。

この頃、ベルリン工科大学で夫となるワルター・ノダックと出会い、1926年に結婚します。結婚後も、二人は研究のパートナーとして協力し続けました。

核分裂の予言と無視された真実

1934年、エンリコ・フェルミの中性子衝突実験の結果に対するノダックの批判は、科学史に残る重要な出来事となりました。フェルミは、この実験で超ウラン元素が生成されたと結論付けましたが、ノダックは、フェルミの化学的証拠に欠陥があることを指摘しました。さらに、ノダックは、ウラン原子核が複数の大きな断片に分裂する可能性を初めて示唆しました。これは、後の核分裂の概念と一致するものでした。

しかし、ノダックの論文は、当時、実験的証拠や理論的根拠を欠いていたため、ほとんど無視され、嘲笑の対象となりました。オットー・ハーンなど、著名な科学者からも「ばかげている」と評されたほどです。さらに、1929年の世界恐慌や、1932年に施行された既婚女性に対する差別的な法律も、ノダックの研究活動を阻む要因となりました。

ノダックの予言が認められるまでには、長い時間がかかりました。1938年、ハーンとシュトラスマンが、ウラン原子核の分裂を実験的に証明したことで、ようやくノダックの予見が正しいことが立証されました。しかし、その功績は、長らくノダック自身には帰属されることはありませんでした。

レニウムの発見

ノダックは、夫とともに、当時未発見だった元素43と元素75の探索も行っていました。1925年、彼らは元素75を発見し、「レニウム」と命名しました。しかし、元素43については、分離に成功したとは言い切れず、その発見は後に他の研究者によってなされました。

近年になって、ノダックらが元素43を最初に発見していた可能性を示唆する研究結果も発表されています。しかし、当時の分析技術では、微量の元素43を検出することは困難でした。ノダックらが検出できなかったのは、技術的な制約によるものだったと言えるでしょう。

評価とその後

レニウムの発見と、核分裂の概念への最初の言及により、ノダックは3度ノーベル化学賞候補にノミネートされました。彼女は、ドイツ化学会のリービッヒメダルや、スウェーデン化学協会のシェーレメダルも受賞しています。

イーダ・ノダックは、先見性と才能にあふれた女性科学者でした。しかし、彼女の功績は、長らく歴史の中で埋もれていました。私たちは、彼女の業績を改めて評価し、女性科学者の歴史に光を当てる必要があります。彼女の研究は、性別にとらわれることなく、科学界全体に貢献する多くの女性研究者の未来への道しるべとなりました。

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