ウィリアム・スタージス・ビゲロー

ウィリアム・スタージス・ビゲロウ：ボストン美術館の礎を築いたコレクター

ウィリアム・スタージス・ビゲロウ（1850-1926）は、アメリカ合衆国を代表する医師であり、同時に日本美術と仏教に深く傾倒した稀有な人物でした。ボストン市の名家、ビゲロー家に生まれ、名外科医を父に持ち、ハーバード大学医学部を卒業したエリート医師としての道を歩みながらも、日本美術、とりわけ浮世絵への情熱は並々ならぬものがありました。

1882年、ビゲローは日本を訪れます。この旅が彼の生涯を大きく変える転機となります。当時、日本に滞在していた東洋美術研究の第一人者、アーネスト・フェノロサとの出会いは、彼の日本美術への関心をさらに深めることになります。フェノロサとともに、岡倉天心ら日本の美術家や文化人たちと交流を深め、日本の寺院などを援助するなど、日本文化に積極的に関わっていきました。

帰国後、ビゲローはボストン美術館理事となり、蒐集した日本美術の膨大なコレクションを寄贈することになります。彼の収集品はボストン美術館の東洋美術部門の基礎を築き、現在もその多くが展示されています。コレクションの規模は驚異的であり、特に浮世絵コレクションは33,264点にものぼり、ボストン美術館全体の約64%を占めています。

中でも、歌川国貞（三代豊国）の作品は9,088点と、コレクション全体の約3分の1を占めるほど圧倒的な数です。歌川国芳（3,340点）、歌川広重（1,736点）といった巨匠の作品も多く含まれており、その質と量において、世界屈指のコレクションと言えるでしょう。さらに、ビゲロウは1,215点にも及ぶ歌舞伎番付を収集しており、浮世絵だけでなく、摺物や番付といった、当時の日本の芸能文化を伝える貴重な資料も数多く所有していました。これらコレクションは、ビゲロウの日本文化への深い理解と熱意を如実に示しています。

ビゲロウは、来日を通して仏教にも深く傾倒しました。滋賀県大津市の園城寺の子院である法明院の住職、桜井敬徳から仏教の教えを受け、月心という戒名を与えられています。授戒後、彼は"Gessin"というサインを用いて手紙を書くようになります。帰国後も法明院への寄進を続け、法明院には現在もビゲロウとフェノロサが使用した茶室や遺品、そして彼らの墓が隣り合わせに存在しています。

ビゲローの父、ヘンリー・ジェイコブ・ビゲローは著名な外科医であり、ハーバード大学教授を務めました。米国で初めて股関節手術を成功させた人物としても知られ、その業績はアメリカ医学史に名を刻んでいます。ビゲロー家はボストン社会において高い地位を占めており、裕福な家庭環境も、ビゲロウの日本美術収集を支えた大きな要因と言えるでしょう。彼の母、スーザン・スタージス・ビゲロウの父はボストン商人で、中国貿易やカリフォルニアの皮革貿易など幅広い事業を展開し、マサチューセッツ州の議員も務めた人物でした。

ビゲロウのコレクションは、単なる美術品の蒐集という枠を超え、日本の文化と歴史を深く理解しようとする情熱の結晶です。彼の膨大なコレクションと、仏教への信仰、そしてボストン美術館への貢献は、日米文化交流史においても重要な位置を占めています。ビゲロウが残した遺産は、今も多くの人々を魅了し続けています。

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