ウジェーヌ・グラッセ

ウジェーヌ・グラッセは、19世紀末から20世紀初頭にかけての華やかな時代、ベル・エポック期に活躍したスイス出身の芸術家です。特に装飾芸術とグラフィックデザインの分野で功績を残し、優雅な曲線を特徴とするアール・ヌーヴォー様式の確立に大きく貢献した先駆者として、その名を刻んでいます。

1845年（一部資料では1841年説もあり）にスイスのローザンヌで生まれたグラッセは、飾り棚デザイナーであり彫刻家でもあった父親の影響を受け、幼い頃から美術的な環境に親しみました。ローザンヌで絵画を学んだ後、1861年には建築を志してチューリッヒへと向かいました。学業を終えた後、エジプトへの旅を経験。この異文化との出会いは、彼の後のデザイン、特にポスター作品に独特のインスピレーションをもたらしました。さらに、当時のヨーロッパで人気を博していた日本美術からも強い影響を受け、そのデザイン思想に取り入れています。

1869年から数年間、故郷ローザンヌで絵画や彫刻に携わった後、1871年に芸術の中心地パリへ移住しました。パリでは、家具、タペストリー、陶磁器、そして宝飾品といった幅広い分野でデザインを手がけました。象牙や金を巧みに組み合わせた彼の美しい装飾品は高い評価を得ました。これらの多様な創作活動を通じて、彼はアール・ヌーヴォー様式特有の装飾パターンや造形の基礎を築いたと見なされています。

1877年頃からは、グラフィックデザイナーとしての活動を本格化させました。絵葉書やスイス、フランス両国の郵便切手のデザインなど、実用的な作品も手がけましたが、特にその才能が開花したのはポスターアートの分野でした。彼のポスター作品はたちまち評判を呼び、装飾芸術美術館にも収蔵されています。中でも、女優サラ・ベルナールがジャンヌ・ダルクを演じた舞台のために制作されたリトグラフである『Jeanne d'Arc Sarah Bernhardt（サラ・ベルナール主演ジャンヌ・ダルク）』は、彼の代表作の一つとして広く知られています。また、1890年にはフランスの著名な辞書出版社ラルース社のために、タンポポの綿毛を吹き飛ばす女性を描いた象徴的なロゴ『Semeuse（スムーズ）』をデザインし、現在も形を変えて使われ続けています。

グラッセのポスターがアメリカで人気を博すと、複数のアメリカ企業が彼にデザインを依頼するようになります。1880年代にはアメリカからの最初の仕事を受け、彼の名声は国境を越えて広がりました。特に、1892年のハーパーズ・マガジン社クリスマス号の表紙デザインは大きな成功を収めました。1894年には、センチュリー・マガジン社のためにナポレオン伝記の広告用イラスト『Wooly Horse（羊毛の馬）』と『The Sun of Austerlitz（アウステルリッツの太陽）』を制作。『Wooly Horse』の絵は非常に有名になり、ティファニー社のルイス・カムフォート・ティファニーによってステンドグラスとしても再創造されるほどでした。グラッセのアメリカでの活躍は、アール・ヌーヴォー様式がアメリカ美術界に浸透していく上で重要な役割を果たしました。

19世紀末になると、グラッセはパリのデザイン教育機関であるエコール・ゲランとエコール・エスティエンヌで後進の指導にあたるようになりました。彼の教えを受けた弟子の中には、後の芸術家たちがいます。

• - モーリス・ピヤール・ベルヌーイ
• - アウグスト・ジャコメッティ
• - ポール・ベルトン
• - オットー・エルンスト・シュミット

また、タイポグラフィの分野でも貢献しており、1900年のパリ万国博覧会では、彼が1898年にデザインしたイタリック書体が紹介されました。これはフランスの印刷工房G・ペイニョ・エ・フィルによって発表されたものです。

ウジェーヌ・グラッセは、精力的な創作と教育活動を続けた後、1917年10月23日にパリ南西部のソーでその生涯を閉じました。アール・ヌーヴォーの時代精神を体現し、装飾芸術とグラフィックデザインの境界を越えて多大な足跡を残した彼の作品は、今日でも世界中の美術館に収蔵され、多くの人々に影響を与え続けています。

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