ウチョウランの個体変異と園芸品種

ウチョウランは、日本原産のラン科植物で、その美しい花姿から古くから園芸植物として親しまれてきました。伝統園芸の世界では、異種間交配を避ける傾向があり、ウチョウランも例外ではありません。そのため、ウチョウランの育種は、基本的に同一種内での変異個体の選別と交配によって進められてきました。洋ランのように異種間交配はほとんど行われず、亜種間での交配が中心です。

野生で発見された変異

初期の育種は、野生個体群から発見された変異個体を基に進められていました。近年では、人工繁殖個体の中から新たな形質が選抜され、それらを交配することで新品種が次々と生まれています。中には、基本種とはかけ離れた、変化アサガオを思わせるような多重変異個体も作出されています。

以下に、野生で発見された主な変異を紹介します。

純白花（じゅんぱくか）：アントシアニンの生成能力を欠くため、植物体全体から赤みが消え、花粉塊は黄色くなります。メンデルの法則に従い、劣性遺伝します。
紅一点花（こういってんか）：通常、唇弁に小さな斑紋が複数ありますが、この変異個体では大きな斑紋が1つだけ現れます。劣性遺伝です。
白紫点花（しろしてんか）：純白花と同様に白い花を咲かせますが、唇弁の斑紋は基本種と同様に現れます。劣性遺伝です。
無点花（むてんか）：地色は発色しますが、斑紋が消失します。
連舌花（れんぜつか）：唇弁の切れ込みがなくなり、一枚の舌のようになります。遺伝には複数の因子が関与しており、切れ込みの程度には連続的な変異が見られます。
斑紋花（はんもんか）：唇弁に斑紋がある個体の総称で、基本種も含まれますが、斑紋の形状や数に特徴がある場合にこの名で呼ばれます。
黄花・桃花・赤花（きばな・ももばな・あかばな）：野生の黄花はクリームイエローに近く、桃色や赤色も基本種とは色調が異なります。交配と選別によって、鮮やかな花色が作り出されています。
まだら紫鳳花（まだらしほうか）：淡い色の地色に、不規則な赤い斑点が多数現れます。斑点の数や形は花ごとに異なり、トランスポゾンなどの特殊な要因が関与していると考えられます。
咲き分け（さきわけ）：花ごとに異なる色になったり、一つの花の中で色調の異なる部分が生じたりする現象です。まだら紫鳳花も咲き分けの一種とされることがあります。

この他にも、花の大きさや数、草丈の高さなど、多数の野生選別形質があります。多くの場合、複数の遺伝子が関与しており、交配に用いた親個体によって、後代の表現形質に違いが生じます。

栽培品種群

栽培品種は、野生の変異を基に、交配や選抜を繰り返すことで作出されてきました。その中でも、特に特徴的な変異を持つ品種群を紹介します。

花の変異

白地一点花（しろじいってんか）または白一点花（しろいってんか）：紅一点花と白紫点花の交配によって作出された二重劣性品種です。斑紋の色調によって、白地の桃一点花、赤一点花、紫一点花、黒紫一点花などに細分されます。
仁王系（におうけい）：唇弁が大きくなる野生選別個体「仁王」の交配に由来する大輪系統、またはそれに似た外観を持つ交配品種群です。唇弁の縁がフリルのように波打つことが多いです。
虹系（にじけい）：唇弁の縁近くが紅紫色で、唇弁の中央が白に近い淡色になる品種です。唇弁にグラデーションをかけたような独特の色彩が、虹に例えられています。初期の人工交配銘品「虹」に由来しますが、現在では「虹」と無関係の品種でも、類似の色調を持つものはすべて虹系と呼ばれます。

変化花

獅子咲き（ししざき）：側萼片の下部が唇弁化したものです。
兜咲き（かぶとざき）：花弁に唇弁化の傾向が見られるものです。完全に唇弁化した場合は、三蝶咲き（さんちょうざき）と呼ばれます。
子宝咲き（こだからざき）：花の中からさらに蕾が出て、複雑な形状になるものです。
穂咲き（ほざき）：花が穂状に咲くものです。
八重咲き（やえざき）：花弁が多数に増えたものです。

この他にも、表現しにくい特殊な形状に変化した品種が多数あります。

葉芸品

斑入り：葉に斑が入る品種です。
烏葉（からすば）：植物体全体にアントシアニン系の色素が強く発色し、赤紫色を呈する個体です。
菊葉（きくば）：茎の上部の葉が部分的に花弁化した品種です。生育障害を起こしやすいです。
カール葉：葉がカールした品種です。

著名品種

「仁王」（におう）：栃木県で昭和50年に発見された個体です。
「虹」（にじ）：ぼかし花の「翁」の交配実生で、片親はサツマチドリの「白蓮」とされていますが、交配記録は残っていません。昭和61年に発表されました。
「初雪」（はつゆき）：栃木県で昭和50年代に発見された個体です。斑紋の数が多くて目立ち、交配親として多用されました。後代の実生や類似の斑紋を持つ個体は、「初雪系」と呼ばれることがあります。
「紫鳳」：山梨県で昭和59年に発見された個体です。
「火の鳥」（ひのとり）：ヒナチドリの紅一点花「極」とウチョウランの紅一点花を人工交配した、スズチドリの紅一点花です。種間交雑種ですが、例外的に人気があります。

ウチョウランは、その多様な変異と美しい花姿で、多くの人々を魅了してきました。これからも、新たな品種が作り出され、その魅力はさらに深まっていくことでしょう。

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