ウラジーミルの生神女

ウラジーミルの生神女：ロシア正教における聖母マリアのイコン

ウラジーミルの生神女は、ロシア正教会において最も敬愛されている聖母マリアのイコンの一つです。その崇敬はロシアのみに留まらず、世界中の正教会、そして西方教会の一部にも広がっています。このイコンは、聖母マリアと幼子イエス・キリストが頬を寄せ合う「エレウサ型」と呼ばれる形式で描かれており、聖母マリアの慈愛と、キリストの受難への悲しみと忍耐を表しています。エレウサとはギリシャ語で「慈悲」を意味します。

イコンの起源と歴史

正教会の伝承によれば、このイコンは聖ルカによって描かれたとされています。1131年にはコンスタンディヌーポリ総主教からキエフ大公ユーリー・ドルゴルーキーへの贈り物として送られました。その後、1155年にはウラジーミルへと移され、ウラジーミルの生神女就寝大聖堂に安置されました。伝承では、イコンを運ぶ途中で馬がウラジーミルで止まり動かなくなったことから、この地にとどまるべきだと解釈されたと伝えられています。

1395年、ティムール朝の侵攻の危機が迫った際、モスクワ大公ヴァシーリー1世は、ウラジーミルからこのイコンをモスクワへ借り受けました。モスクワの人々はイコンに夜通し祈りを捧げ続け、翌日にはティムール朝の軍は撤退したと言われています。この奇跡によって、モスクワはイコンをウラジーミルへ返還せず、代わりに模写を贈りました。こうしてウラジーミルの生神女はモスクワ・クレムリンにある生神女就寝大聖堂に安置され、モスクワの守護聖像として崇められることになりました。1451年と1480年のタタールの大軍からの防衛も、このイコンの加護によるものだと伝えられています。

ウラジーミルの生神女と聖堂

正教会では、特定のイコンを記念して聖堂を建設することがあります。ウラジーミルの生神女も例外ではなく、このイコンを祀る聖堂（ウラジーミルの生神女聖堂）が複数存在します。これらの聖堂は、信者にとって聖母マリアの慈愛と保護を実感できる聖なる空間となっています。

現状とその後

現在、ウラジーミルの生神女はモスクワのトレチャコフ美術館に所蔵されています。その歴史と奇跡の物語、そして聖母マリアの慈愛を表現した芸術的な価値から、多くの人々を魅了し続けています。このイコンは、ロシアの歴史と文化、そして信仰の深さを象徴する存在として、これからも人々の心に深く刻まれ続けることでしょう。

参考資料

* 川又一英『イコンの道 ビザンティンからロシアへ』東京書籍 ISBN 978-4-487-79897-1

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