エア・インディア855便墜落事故

エア・インディア855便墜落事故は、1978年の元日、アラビア海上空で発生した悲劇的な航空事故です。インド西海岸の主要都市ボンベイ（現在のムンバイ）を出発し、アラブ首長国連邦のドバイへと向かう予定だったエア・インディア855便（便名：AI855）が、離陸直後に墜落しました。

事故の概要

事故が発生したのは1978年 1月1日です。インドのナショナルフラッグ・キャリアであるエア・インディアの定期旅客便、ボーイング747-200型機が事故機となりました。この機体（機体記号VT-EBD）は「アショーカ王（Emperor Ashoka）」と名付けられており、1971年に製造された、エア・インディアが最初に受領したボーイング747型機でした。

ボンベイにあるサンタクルズ国際空港（現在のチャトラパティ・シヴァージー国際空港）を離陸した同機は、離陸後間もなく、インド西岸からわずか3キロメートルほど離れたアラビア海に機首から突っ込む形で墜落し、海上で炎上・爆発しました。墜落現場は水深が10メートルもない浅瀬だったため、機体の残骸の大部分が海中に沈むことなく、海面から突き出すような痛ましい状態で発見されました。この衝撃的な事故により、搭乗していた乗員23名、乗客190名の尊い命、合わせて213名全員が失われました。

事故原因と調査

事故後の詳細な調査はインドの事故調査委員会によって行われました。調査委員会は、事故の直接的な原因として、パイロットの操縦席にある主要な姿勢指示器（ADI）の故障を指摘しました。離陸後に標準的な左旋回を行い、その後水平飛行に移るべき状況で、この主要ADIが故障により、実際には機体が水平に近い状態であるにもかかわらず、右に大きく傾いているかのような誤った表示を示したことが判明しました。

委員会は、機長がこの誤った計器表示を信じ、機体を水平に戻そうとしてかえって左への操縦桿操作を継続し、結果的に機体をさらに左にバンクさせ、回復不可能な急降下姿勢に陥ったと結論付けました。さらに委員会は、機長が副操縦士側に備えられた予備の姿勢指示器や、その他の信頼性のある計器（例えば高度計や昇降計）を参照して計器の不一致を確認し、状況を正しく判断しなかったこと、また、副操縦士および航空機関士が、機体の実際の姿勢について機長に適切な警告や助言を与えなかったことも、事故に至った要因として挙げました。クルー間の連携不足と、主要計器の故障に対する対応の失敗が複合的に事故を引き起こしたと分析されました。

裁判とその後

この事故に関しては、後にアメリカ合衆国で製造物責任を問う訴訟が起こされました。事故機の製造元であるボーイング社および姿勢指示器の製造メーカーが被告となり、事故責任を追及されました。

これに対し、ボーイング社などのメーカー側は、機長自身の状態に焦点を当てて反論しました。彼らは、事故機長が抱えていた糖尿病の治療薬の服用と、離陸前の飲酒が組み合わさることで、機長が空間識失調（誤った感覚により、機体の姿勢や位置を正確に認識できなくなる状態）に陥っていた可能性を強く主張しました。メーカー側は、事故は計器の故障ではなく、パイロットの身体的・精神的状態に起因する人為的なミスであると訴えました。

しかし、1985年に下されたアメリカ連邦裁判所の判決では、メーカー側に事故の直接的な過失は認められないと判断されました。この事故は、計器の信頼性の重要性と共に、パイロットの計器に対するクロスチェックの徹底や、クルー・リソース・マネジメント（CRM）といった安全運航におけるヒューマンファクターの重要性を改めて認識させる契機の一つとなりました。

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