エウウォラン王の航海

『エウウォラン王の航海』（原題：英: The Voyage of King Euvoran）は、アメリカのホラー作家クラーク・アシュトン・スミスが執筆した短編小説です。彼の創造した古代大陸ゾティークを舞台とするシリーズの一編であり、「失われた鳥を探し求める波瀾に満ちた、しかしどこか滑稽な航海」を描いています。

【発表経緯】
本作はもともと著名なパルプ雑誌『ウィアード・テイルズ』に投稿されましたが、当時の編集長ファーンズワース・ライトは長すぎると判断し、掲載を見送りました。このため、スミスは1933年に自ら費用を負担して出版した大判30ページの本『二重の影その他の幻想』に本作を初めて収録しました。この私家版は『ウィアード・テイルズ』誌上でも広告が出されました。その後、編集長がドーラシイ・マクルレイスに代わった後、本作は短縮され、『ガゾルバの探索』（原題：英: Quest of the Gazolba）というタイトルで1947年9月号の『ウィアード・テイルズ』に掲載されました。これにより、スミスが発表したゾティーク・シリーズの全16編が同誌に掲載されることとなりました。

【あらすじ】
物語の舞台はウスタイム国。その王冠は、隕石由来の黄金や無二の宝石に加え、約200年前に絶滅したとされるガゾルバ鳥の最後の個体の剥製を頂に戴く、類いまれなものでした。第9代国王エウウォランは、治世3年目のある日、裁判の場に引きずり出された降霊術師を名乗る浮浪者と対峙します。ウスタイム国の法では降霊術は死罪であり、男は即座に拷問台に拘束されます。しかし、男はやすやすと拘束を破ると、奇妙な呪文を唱え、王冠のガゾルバ鳥の剥製を蘇らせました。蘇った鳥は王冠を掴み、そのまま空へと飛び去ってしまいます。周囲が混乱する隙に、降霊術師の姿も消えました。その後、光り輝くガゾルバ鳥の目撃情報が各地から寄せられます。
王冠の喪失は、王権の失墜と同義であり、神聖な秩序が覆されたかのようでした。窮地に陥った王は、首都アラモアムの主神であるゲオル神の神殿へ赴き、平伏して神託を懇願します。すると、神の声が響き渡り、「東方の暁の多島海へ向かいガゾルバを探せ」「王よ、汝は自らの手で鳥を屠るであろう」と告げました。王は誇るべき大艦隊の指揮官たちを呼び集め、東への長旅の準備を命じます。準備が整うと、王は旗艦に乗り込みました。艦隊は15隻の堂々たるガレー船で編成され、屈強な漕ぎ手と船員、そして獰猛なクシュラク傭兵が乗り込みました。側近、道化、近習なども同行し、食料や酒も十分に積み込まれました。
東への船旅は順調に進み、出航から二週間後にはソタル島のロイテに寄港します。鳥の目撃情報を集めた結果、山岳地帯に住む妖術師イッフィボスが鳥を引き寄せて閉じ込めているという噂を聞きつけます。兵士を率いての陸路の探索は、吸血虫に悩まされる困難なものでした。ようやくイッフィボスとの面会を果たしますが、そこにいた鳥は、鮮やかな羽を持つソタル種の禿鷲に過ぎませんでした。
次のトスクの島に住む住民は、人間というよりは類人猿や狐猿に近く、言葉も通じません。続いて、住民のほとんどが食人族であるユマトトの七つの環礁に到達します。ウスタイムを出発する通常の航海であれば、ユマトトが限界点でしたが、エウウォランの艦隊はさらにその先のイロズィア海へと踏み込み、噂に聞く伝説上の岸や島々を訪れるようになります。無数の危険に晒されながらも、ガゾルバ鳥の羽一つ見つかりませんでした。
ある島に辿り着き、翌朝の上陸に備えて投錨して停泊した夜、島の洞窟から「飛行する吸血生物」の群れが飛来します。王も果敢に応戦し、かろうじて持ちこたえますが、夜が明けて生物たちが帰還した時には、艦隊は壊滅的な被害を受けていました。15隻のうち7隻が沈没し、残った船も血と汚物にまみれ、多くの船員、漕ぎ手、兵士が血を吸われて命を落とすか衰弱していました。夜が再び来る前に迅速に島を離れ、次の珊瑚島でようやく船を停めて修復を行います。度重なる災難にもかかわらず、王の決意は揺るぎませんでした。
航海に出て六ヶ月目、あらゆる種類の鳥が生息するオルナウァという島に辿り着きます。王はこの島こそガゾルバを追い詰めるのに最適な環境だと考え、狩りの準備を整え、数名の部下と共に小舟で上陸します。しかし、巨大な鳥に掴まれ、塔へと連れ去られてしまいます。人語を話す鳥が現れ、王は鳥の聖地オルナウァを荒らした人間として裁かれると告げられます。申し開きを求められた王は、「失われた王冠とガゾルバ鳥を探しに来た」「鳥に屈服するなどありえない」と答えます。鳥の君主はエウウォランの目的に激怒し、王は「人籠」に閉じ込められ、剥製刑を宣告されます。部下たちは王を救出しようと鳥の城に攻め込みますが、陥落できませんでした。しかし、王は隠し持っていた短剣で衛兵の鳥を殺し、その皮を剥いで身にまとい、脱走に成功します。
その後、艦隊は大嵐に遭遇し、王の乗る旗艦一隻だけが残りますが、それすらも難破して沈没し、エウウォラン王だけが生き延びて岸に打ち上げられます。気を失っていた王がふと目覚めると、空にガゾルバ鳥が待っているのを見て飛び起き、鳥を追って岩山の谷へと向かいます。そこには、ガゾルバ鳥の華麗な羽を持つ鳥が無数におり、王冠についていた鳥がどれなのか判別できませんでした。唯一無二のはずが、無数に存在するという常識を覆す光景に、王は憤怒し混乱しますが、すぐに思考を切り替え、一羽捕らえれば王権の象徴として旅と犠牲を正当化できると判断します。どうにか石を投げつけて一羽を仕留めました。
そして落下した鳥を取りに行ったとき、そこに一人の男が立っていました。彼は襤褸をまとい、弓を手にした姿でした。肩には二羽のガゾルバ鳥を担ぎ、頭には鳥の羽飾りつきの皮をかぶりものとしていました。王は驚きと怒りを露わにして、「卑しい奴隷よ、ウスタイムの王にとって神聖な鳥をよくも殺したな。その鳥を頭に戴けるのは王だけであると知るがよい。我、エウウォランは、汝の行為の申し開きを求める」と声高に告げます。男は目を丸くし、ナズ・オッバマルという名だと名乗りました。彼は9年前にこの島に難破して漂着した船長であり、この島には植物と実のほかには栄養になるものがなく、ガゾルバ鳥を捕らえて食料としているのだと説明します。頭のかぶりものは単なる帽子であり、この島には二人しかいないのだから王も法もないのだと語りました。ナズ・オッバマルは、自分には料理の腕があると述べ、エウウォランが仕留めた鳥を調理して一緒に食事をしようと誘います。
冷静になったエウウォランは、ゲオル神の「王よ、汝は自らの手でガゾルバ鳥を屠るであろう」という神託が、皮肉な意味であったことを悟り、もはや国に帰ることもない自らの運命を受け入れました。二人は打ち解け、お互いの冒険譚を語り合います。この島では、ガゾルバ鳥はありふれた食料に過ぎず、やや痩せこけて臭いがきつかったものの、飢えていた二人にはまずいとは思えませんでした。逆に、ここではごく稀な珍しい御馳走である別の種の鳥は、おそらく彼らの故国ではごく普通に見られた鳥だったのだろうと推測しました。エウウォランも相棒にならって、ガゾルバ鳥の皮と骨でかぶりものを自作して身に着けました。それらは元王と元船乗りの、死ぬまでの装いとなったのです。

【主な登場人物・用語】
エウウォラン王：ウスタイム国の第9代国王。王冠のガゾルバ鳥を追って冒険に出る。
ガゾルバ鳥：約200年前に絶滅したとされる鳥。その剥製がウスタイム王冠の装飾として用いられていた。
降霊術師：罪人として捕らえられるが、魔術で王冠のガゾルバ鳥を復活させ、飛び去らせる。
ゲオル：大地の神。ウスタイム国の首都アラモアムの主神であり、エウウォラン王に神託を与える。
イッフィボス：ソタル島の渓谷に住む妖術師。
吸血の飛行生物：名もなき島の洞窟に潜む、夜間に群れで襲来する恐ろしい生物。
鳥の支配者：オルナウァ島を統治する、人語を話す鳥たちの王。人間や獣を剥製にする。
ナズ・オッバマル船長：南西ウットロイ出身。9年前に難破して最後の島に漂着し、ガゾルバ鳥を食料としている。
王冠：ウスタイム王権の象徴。稀少な素材で作られ、ガゾルバ鳥の剥製が飾られている。

【地理】
ウスタイム国：エウウォラン王が治める国。首都はアラモアム。
キュントロム：南にある島。王冠の材料に用いられた隕石が落下した場所。
ソタル：ゾティークの東方に位置する島。主港はロイテ。
名もなき島：海岸の洞窟に吸血の飛行生物が多数生息する危険な島。
オルナウァ：鳥たちの聖地とされる島。人語を話す鳥によって統治されている。
最後の島：無人島。漂着したエウウォラン王とナズ・オッバマル船長が余生を送る場所。ガゾルバ鳥が無数に生息している。

【収録】
『ゾティーク幻妖怪異譚』（創元推理文庫、大瀧啓裕訳）に収録されています。

【関連作品】
* 『墓の落とし子』：ウスタイム国の人物が登場する別の作品です。

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